千雪とは逆側からベッドに入ると、身体が勝手に疲労を思い出したように工藤も睡魔に襲われた。
だが、しばらくして傍らで身じろぎする気配に工藤はふと目を覚まし、途端、「……あっ」という声とボスッと鈍い音が聞こえて、身体を起こした。
消し忘れたスタンドの灯りで、千雪がベッドを降りてつまづいたらしいのを工藤は見て取った。
「……おい、どうした?」
不機嫌な工藤の問いに、「……水……」という答えが返る。
ちっと舌打ちしながら、サイドテーブルにあるグラスに用意してあった水を注ぎ、千雪の腕を掴んでベッドに引っ張り上げた。
「ほら、飲め」
グラスを持たせると千雪はごくごくと水を飲み干し、ふうっと息をついてまた枕に倒れこむ。
「全く、慣れない酒をカパカパ飲むからだ」
裸の肩が寒々しく、毛布をかけてやろうと工藤がその腕を引いた。
「……うるさいな……京助」
工藤の手が止まる。
ドクンと身体の奥で脈打つ音。
次には千雪の身体を組み敷いていた。
その首筋に手を這わせると、千雪は虚ろな目を開いた。
「……や……離せ!」
近づいてきた嗅ぎ慣れない煙草の臭いに一瞬覚醒した千雪は工藤を押しのけようと抵抗する。
「男がいいんだろ? さんざ、挑発してたじゃないか」
「誰がや! 勝手に勘違いしてんな!」
千雪はふらつく頭で暴れまくる。
だが、工藤は腕力と身体のデカさで千雪を押さえつけて動きを阻んだ。
「威勢がいいのは嫌いじゃない」
「何ゆうてんのや、離せや! このボケ! ドアホ!」
「あのタラシをあそこまで入れ込ませるとはな」
ニヤリと笑った工藤を睨みつけ、千雪は身体を硬直させた。
「綾小路京助、スーパーモデルとのランデブーはいいが、可愛い坊やとの修羅場なんざ、ちょっとスキャンダラスだよな」
あんのぉ、アホンダラ~!! 往来なんかで……
京助とのやりとりを見られたのだと、千雪は酔いで判断力が鈍った頭でも理解する。
「ヤツとは別れたんだろ? だったら、俺にしておけよ」
別れという言葉と同時に鈍い痛みを伴った負の感情が千雪の心に雪崩れ込んでくる。
そや、京助とは終わりにしたんやな……
漠然とした空虚さを抱え、急激に力が抜けていく。
苦しそうや……俺……
違う、こいつ……? 何でこいつが苦しそうな目ぇしてんのや……
ほとんど見も知らぬ男に力で蹂躙されようとしている。
千雪は何もかもがもうどうでもいいと思えた。
手放しかけた意識の中で、桜の花を背に微笑んでいる研二を見た気がした。
あ………研二……
微笑は風に舞う桜の花びらに紛れて闇に消えていく。
千雪の閉じた眦からこぼれた涙が頬を伝って落ちた。
途端、力は身体から抜けたにもかかわらず、本能で遮二無二暴れ、男を蹴り落とした。
朝から山間の町は時ならぬ吹雪に見舞われた。
お陰でスタッドレスに履きかえなくてはならなくなり、ムシャクシャして工藤はタイヤを蹴飛ばした。
近くのスタンドでタイヤを履き替えると、ロクにコーヒーもゆっくり飲めないままロケ地となっているホテルへ向かうことになった車の中でも、北風とともに吹きつける雪にイラついていた。
いや、イラついているのは己れに対してだ、ほとんどぶん殴りたいほど。
チクショウ、あんなガキをどうにかするつもりなんざ、金輪際なかったんだ!
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