女が路地を入ったところのバーに入って行くのを見ると、工藤の足は勝手にその後に続いた。
翌朝遠出をする予定があり、近くのパーキングに車を置いていた工藤は、飲むつもりはなかったものの、カウンターにいる女から少し離れた止まり木でバカルディを注文した。
しばらく観察していると、コートも脱がないままの女はおそらくそう飲みなれていないと思われる酒をロックで二杯ほど立て続けに空けた。
男と別れて泣いているというより、怒っているようなようすである。
それにしてもちらほらいる客もバーテンダーですらつい見入るほど、その研ぎ澄まされた氷のような美しさは際立っている。
ハーフかクォーター、背が高くスレンダーなプロポーションといい、新人モデルか何かだろうか、少なくとも工藤の記憶にはこんな女の存在はインプットされていない。
俄然、興味を持った工藤は、女が飲んでいる酒よりずっと美味いはずの上等のウイスキーを女へとバーテンダーに頼んだ。
バーテンダーが目の前にグラスを置いた時、ようやく女が工藤を振り返った。
まともに目が合い、おそらく噂になったスーパーモデルよりもずっと上質のその美貌の主を捨てがたかっただろう綾小路京助の間抜け面を工藤は少し哀れんだ。
「えらく飛ばしているな、お嬢さん」
一瞬、きつい睨みを受けながら、工藤は言った。
だが次に返された台詞には、驚くことなど滅多にない工藤が、それこそ自分がどんな間抜け面をしているかを思わず想像した。
「俺にやったらおおきに。あいにく、お嬢さんやあれへんけどな」
京助と別れてから思考もまともに働かないままどことはなく歩き、路地を入ってすぐ目についたバーに入った千雪は、怒りに任せて酒を空けたところだった。
かなり頭に血が上っていた千雪は、また自分を女と間違えてあわよくばなどという魂胆のアホなエロオヤジに、思い切り後悔させてやろうくらいに皮肉をぶつけてやったつもりでグラスを空ける。
口当たりのよい酒を千雪はあっという間に飲み干した。
「これ、うまいわ。もう一杯」
カタン、とグラスをカウンターに置くと、エロオヤジがどんな顔をしているか笑ってやろうと、千雪はもう一度チラッと隣を見た。
確かに男は少し驚いて千雪を凝視しているようだったが、どっこい、もう一度男の顔を見直して、内心もっと驚いたのは千雪の方だった。
え………こいつ……、確か、プロデューサーだか何だかの工藤とかってやつ!?
勢いよく酔いが回り始めた頭で、千雪は記憶の中から男の顔と名前をクロスさせた。
まさか、こんなところで出くわすとは思わなかった。
小説の映画化の話をもって工藤が研究室を訪れたのは一ヵ月ほど前のことだ。
正月気分も抜けて学生は後期試験やら卒論やらの季節を迎え、大学側はやがて入試に向けて慌しくなり始めていた。
そんな時、研究室へふらりとやってきた男は、身なりこそ紳士然としていたものの特にその鋭い目つきがとても堅気とは思えないオーラを醸し出していた。
取り次いだ学生に自分を訪ねてきたと聞くと、千雪は今まで関わった事件で何かその筋の人間に面倒をかけたようなことがあっただろうか、と漠然と思ったほどだ。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
