花のふる日は10

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「教授、ご無沙汰しております」
 工藤はわずかに教授に笑みを向けた。
「いやいや、君の活躍はかねがね聞き及んでいるよ。いよいよ独立して順風満帆のようじゃないか」
「とんでもない、未だにこうして一人で駆けずり回っているような始末ですからね。世の中そんなに甘くは無いことは十二分に承知しています」
 教授の部屋に呼ばれた千雪は工藤に紹介され、工藤が宮島教授のかつての教え子であり、四年在学時に揃って司法試験に合格したという伝説の三羽ガラスの一人であることを教えられた。
 そんな話を千雪も先輩から聞いたことを思い出した。
 現在東京高等検察庁で活躍している荒木と弁護士の小田、そしてあと一人が工藤という名前であったことも。
 だが、小説の映画化などという話は、千雪にとって考えもしなかったことであり、またそういう業界を胡散臭いとしか思っていなかった千雪は、映画化したものは自分の小説とはまた違うものになるのでそのつもりはないとはっきり断った。
 また来るのでもう一度よく考えてみてくれと言い、教授に挨拶して工藤は帰っていった。
「ひょっとしたらもう耳にしているかもしれないが、彼のことを誤解してもらいたくはないので一応話しておくよ」
 工藤が帰ったあと、宮島教授は千雪に語った。
「彼が話してくれた生い立ちは複雑で特異でね。そのせいでかなり屈折しているようだが、あれで気骨のある男なんだ」
 工藤についての教授の話は確かに特異で複雑だった。
 指定暴力団中山会の組長の甥。
 つまり亡くなった工藤の祖母多佳子は中山会の先代の妻だったという。
 親から勘当されながらも若い頃組長の息子と結婚し、二人の子供を産んだが、この世界には置きたくないと娘だけは生まれてすぐ自分の父母に預けた。
 父母はその子を養女にし、一切縁を切ることを多佳子に約束させた。
「その娘が工藤くんの母親だが、米兵に捨てられて自殺したそうだ。彼を育ててくれた曾祖父母が、彼が中学の時に相次いで亡くなってからは、工藤家の弁護士を通して祖母が紹介してくれた刑務所帰りの男が彼の面倒を見てくれたそうだよ」
「ほんまに特異で複雑ですね」
 なるほど目つきが只者じゃなかったとは言わなかったが。
 しかも、工藤が千雪を訪ねてきたことをいつの間にか耳にしていた佐久間が、わざわざ出版社にいる彼女から聞きだしてくれた工藤にまつわる話というのが、これまた面白かった。
「確かにすごいキレ者らしいですわ。テレビ局時代、すぐ頭角を現して関わる仕事が次から次へと当たる、スポンサーもなびく、タレントも工藤にかかればスター街道まっしぐら、みたいな」
 佐久間は千雪を連れて行ったファーストフードの店で、聞きかじった工藤の噂を得意げに話しながら、コーラをズズっと飲み干した。
「けど、ちょっとでも下手くそやったりすると、タレントも即、降ろされるいうんで、事務所とかも工藤に関わる仕事はピリピリしてるみたいで。しかもでっせ、自分がタレント顔負けのイケメンやてのええことに、女を喰っては捨て喰っては捨て、工藤を巡って修羅場みたいなんもあったらしくて、業界にもそら敵が多い男やて。それがヤクザの組長の甥やっていうから、もう誰も何も言われへん、工藤は冷酷非道、やりたい放題いう話でっせ」

 


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