花のふる日は11

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 宮島教授は工藤を擁護するような言い方をしたが、佐久間の話はかなり脚色されている気もしないでもないものの、全てが嘘ではないかもしれない。
「せやから、あきませんよ、映画にするとかいうても、業界のやり手の極道に騙されるのがオチですて」
 業界のやり手の極道、などという滅茶苦茶な佐久間の進言は置いても、映画化されたものが原作とは似ても似つかぬものだったとか、意図するところが作者とはまるで違うものになっている、というものを観たこともある。
 いずれにせよ自分の手を離れてしまえば、原作とは全く別の物になるという考えは千雪の中では変わらない。
 その後一度だけ、半月ほど前だったか、工藤からその件で電話をもらったが、千雪がやはり断るというと、残念です、と言って工藤は引き下がった。
 ただ、工藤が何で自分の小説を選んだのか、ということは聞いてみたかった気がしていた。
 
 
   
 
 千雪の頭の中では瞬時にそれらのことが思い出されたが、今は仕事の関係者と話をする気にはなれなかった。
 最後の一杯を飲み干したところで一気に酔いが回ってきたので、千雪はフラリと立ち上がるが、バッグを忘れてまた戻り、レジで支払いを済ませるとドアを押した。
 通りに出てタクシーを拾わなくてはと、千雪はフラフラと歩いていた。
 さほど酒に強いというわけではないから、さすがに強い酒を四杯立て続けに呷ったのは効いたらしい。
「おい、大丈夫か」
 しっかり歩いているつもりが、電柱にぶつかりそうになったところを、後ろから来た男に抱えられた。
「大丈夫……」
「じゃないようだな」
 顔を上げた千雪に、男の眼差しが強く注がれる。
 え………こいつ……工藤………?
 そうや、最初に会うた時も、佐久間やないけど、あまり近づかない方がいい思たんや……。
 眼差しの冷たさにどこか危うい匂いがした。
 …やから、関わり合わん方がええて………
 車のナビシートに座らせられたことは覚えていたが、その後、酔いと車内の暖かさに、昨夜あまり眠れなかったのもあったのだろう、千雪はいつの間にかうつらうつらし始めた。
「おい、うちはどこだ?」
 工藤が尋ねても、既に千雪は眠り込んでしまっていた。
 しばし逡巡した工藤だが、とにかくエンジンをかけた。
 最初は、会社の上にある部屋へでも連れて行って寝かせてやろうくらい考えていた。
 車を走らせながら、通り沿いに今にもほころびそうな蕾に赤く染まった桜の木が目に入らなければ。
 途端、蘇る古い記憶。
 その目で見たわけでもないのに、鮮やかに脳裏に浮かぶのは花びらに埋もれた白い指だ。
  
「ちょうど桜の大木の下で眠るように……」
  
 知らせてくれたのは、唯一彼女に同情的だった家政婦だった。
 閉じ込められていた三階の窓から飛び降りたのだと話してくれた。
 こっそり手渡された手紙には、『ごめんね、高広』の一言だけが記されていた。
 以来、桜の花はその季節がくるたび、工藤の心を乱す。
 どこにも持っていきようのない怒りと苦しみに苛まれ、自分でもコントロールができなくなって、酔って暴れたことも一度や二度ではない。
  
「………ちゆき……」
  
 長い間心の奥に封印していた名前を工藤は口にした。


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