「そういうもんですか?」
良太は聞いた。
「そういうもんだよ」
「俺は川崎生まれで、ほとんどこの街と変わりなく季節感もない気がするけど、やっぱ戻りたいって思うことありますよ」
「まだまだだね」
「そうっすか?」
「季節っていえば、花の季節だけはいいよね、こないだの花見、よかったよ。また何かあったら誘ってくれよ」
ちょうど青山プロダクションのビルの裏庭に見頃に育った桜の木があって、ここ数年、近しい人を呼んで花見の会をやっているのだが、坂口から電話が入ったときに良太がポロっとそのことを話すと、宇都宮と二人でやってきたのだ。
もう明日には散るだろうという夜だった。
「ええ、よかったらまたきてください」
「釧路はまだこれからだな、花は」
「やはり北の方とか遅いんですね、季節の移り変わりもゆっくりなんだ」
そういえば、と良太はふと軽井沢に暮らす平造老人のことを思い起こす。
しばらく会ってないな。
桜からつい平造を連想してしまうのは、軽井沢の屋敷の庭にある大きな桜の木のせいである。
いつだったか、工藤がいつかこの桜も見てくれるといいがというようなことを、平造が口にしていた。
軽井沢も花の開花はまだこれからではないか。
「花を追って、ゆっくり北上する旅ってのもいいよな。まあ、もっとジジイんならなきゃ、無理な相談か」
気だるげに宇都宮が呟いた。
「それ、何か、いいなあ。まとまった休みとか、やっぱ無理ですか?」
「うーん、良太ちゃんが一緒に旅してくれるっていうんなら、無理にでも取るけど?」
くるりと良太の方を向いて、宇都宮がにっこり笑う。
「何ですか、それ………」
そんな戯言をかわしているうちに、車は宇都宮のマンションの近くまで来ていた。
「ああ、ここなんだ。そこから入ってくれる?」
低層階の高級マンションは周りを樹木に囲まれ、人のいる気配さえ感じさせない。
ホテルのようなエントランスの前に車を横付けして良太はエンジンを止めた。
「せっかくだから、お茶でもどう?」
宇都宮はドアを開けながら良太に言った。
「あ、いえ、本当に今日はごちそうさまでした」
良太は丁寧に断った。
「そっかあ、良太ちゃんに振られっぱなしだな〜。良太ちゃんといると何か和むんだよねぇ。今夜も寂しいよオジサンは」
笑みを浮かべて宇都宮は言い、「じゃ、今度またうちで鍋でもしよう。ありがとう。気をつけてね」と念を押すように言った。
「あ、はい、失礼します」
「工藤さんはやっぱ怖いしね…」
「え、何ですか?」
宇都宮の小さな呟きは、良太にははっきり聞き取れなかった。
「いや、何でも」
宇都宮はにっこり笑った。
良太はエンジンをかけてエントランスを離れたが、手を振って見送る宇都宮がミラーに映っていた。
「何か、宇都宮さんって、懐こい人?」
ホテルの部屋へ行こうだの、一緒に旅行に行こうだの、お茶でもって部屋へとか。
まるで誘ってるように見えたぞ。
あの、艶やかなバリトンで耳元で囁かれたら、女子ならイチコロ?
いや……………………………まさか、ね。
宇都宮と一緒に旅というのもいいかな、などと思ってしまうほど、居心地がいいのはむしろ宇都宮の方だ。
だが実際のところ、花を追う旅の話をしていた時に、一緒にと誘ってくれた宇都宮には悪いが、良太の脳裏に勝手に浮かんだのは工藤が花を見ている情景だった。
遠くまで花を追わなくても、軽井沢の桜とか、工藤もたまに見てやればいいのに、などと思ったのだ。
煌びやかな街のずっと向こうの方に月がぽっかり浮いている。
ここのところの工藤は何か殺伐としている気がして、花を見上げるくらいのほんの少しのゆとりがあればいいのにと、良太は異国の地を闊歩している男に思いを馳せつつアクセルを踏んだ。
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