ぶなの森1

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   ACT 1
  
 

 青森県と秋田県にまたがって数千年前から存在しているぶなの原生林は、世界最大級といわれている。
 世界遺産に登録されたこの白神山地には、貴重な動植物が生息しており、手つかずの自然が広がっており、真夏というのにひんやりとした空気は動きを止めていた。
 数日前からこの地で行われているロケは、人気ミステリー作家小林千雪の『ぶなの森』を原作としたドラマである。
 老弁護士御園生を主人公とするシリーズの映画を最初に青山プロダクションが世に出してから既に三作が映画化されているが、そのヒットに乗じて、テレビ局数社で並行してドラマ化されている。
 森の奥から一人の女がゆっくりと歩いてくる。
 スケッチに夢中になっていた青年は、ゆっくりと歩いてくる女のその優雅さ、美しさにはっと息を呑んだ。
「カーット!」
 静けさを遮るように、監督の声が響いた。
「ようし、三十分、休憩にしよう」
 今回は御園生を映画より少し若目の設定で熟年俳優の端田武、事務所の若手弁護士海棠を大澤流が演じている。
 大澤は両親を監督と女優に持つ流は人気上昇中のイケメン俳優だ。
 同じシリーズを他局では映画と同様大御所俳優多喜川誠と青山プロダクション所属俳優、志村嘉人がダブル主演で放映しており、流と嘉人は人気や演技でよく比較されている。
「良太ちゃん、ねえ、さっきの顔、変じゃなかった?」
「全然。すんごくきれいでしたよ」
 不安そうな表情でたずねるヒロイン役の田辺菜摘に広瀬良太は笑顔を向けた。
 良太は、このドラマのプロデューサーであり、青山プロダクション社長である工藤の代理でロケに同行し、東京と青森を行ったりきたりしていた。
 プロデューサーから運転手までこなす何でも屋とはいえ、良太はいまや青山プロでは何かにつけて、なくてはならない存在となっている。
 社長の工藤は、KBCテレビの創立五十周年記念番組『大いなる旅人』第三弾のロケで、主演の志村たちとともに今はミラノだ。
 良太は時折、そのミラノからの鬼社長の指示で日本中、所狭しと飛び回っているわけである。
 田辺菜摘はCMでは一日に一度はお目にかからない日はないほど不動の人気を誇る美人俳優であり、ヒロインを慕う純朴な青年をもっぱら並外れて可愛いと評判のの若手の佐原健介が演じている。
 ただ、ここで困ったことが一つ。
 良太はヒロインの田辺菜摘に気に入られて、何かと言うとマネージャーそっちのけで良太ちゃん、と呼ばれて食事なども一緒に取ったりしていた。
 実は一度数日前に初めてここを訪れた時、偶然にも菜摘と不倫相手と噂される大物代議士の息子でIT企業の社長安達の妻、小百合が小さな喫茶店でテーブルを挟んで対峙しているところへ、運悪く良太は出くわしてしまい、一部始終を目撃するはめになったのだ。
 泣きながら店を出て行く小百合にぶつかりそうになって、うっかり菜摘に見つかってしまった。
 それがきっかけで、菜摘は良太に不倫していることを打ち明けた。
「はじめは奥さんと別れて、結婚しようとか言ってたのよ、安達。それが最近じゃ、どっちとも別れたくないとか言うわけ」


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