ぶなの森13

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「なーんか、変よね」
 つんけんしているわけでもなく、良太は実に穏やかそうにたまに顔を合わせる工藤とも打ち合わせなどをしていたし。
 仕事に支障が出ているわけでもないし。
「でも何か、やっぱり変よ。ここの空気。こう、時々流れが止まっちゃいそうになるっていうか」
「妙に事務的なんだよね、良太」
「そうそう、時々妙にバカ丁寧で」
 ひそひそとアスカと秋山、それに鈴木さんが加わって、最近のオフィスの雰囲気を評しあう。
 九月に入ったものの、まだまだ夏という文字が居座っている感がある今日この頃。
 外は通り過ぎた台風の影響でひどい雨である。
 またミラノへ行った工藤は、やがて中四日で今夜にも戻るはずだ。
 良太は下柳と『知床』の編集やら打ち合わせで、ついさっき戻ってきたところだ。
「ねぇ、良太、今日工藤さん、成田迎え行くんでしょ?」
 アスカが何気に聞いてみる。
「今日はパワスポの打ち合わせがあるので、タクシーで戻るってことです」
 淡々と答えているが、やけに落ち着き過ぎの返答だ。
「やっぱ変よ。工藤さんに何とかしてもらってよ、秋山さん」
 アスカは窓際のソファに座っている秋山のところに戻って、小声で訴えた。
「何で俺に振る?」
「実はうちのオフィスで一番のタヌキだったりするでしょ?」
 どんな時も表情を崩さない秋山も、さすがにアスカのこの言葉には眉をひそめた。
 
   
 
 
 成田に着いて税関を通り過ぎた頃、工藤の携帯が鳴った。
 相手は秋山で、迎えに来ているという。
 空港出口で待ち合わせ、秋山の運転するレクサスLSに乗り込むと六時を過ぎていた。
「いったいどうしたんだ、何かあったのか?」
 工藤は秋山に問いただす。
「あったと言えばまあ」
 ハンドルを切りながら、秋山が意味深な言い方をする。
 雷が鳴り、横殴りの雨が窓に叩きつけられる。
「手っ取り早く言え」
「今日はアスカさん、オフなので、俺に、工藤さんを迎えに行けと」
「何のためにだ」
「オフィスの澱んだ空気を何とかして欲しいそうです」
 秋山は端的に答える。
「くだらないことで、いちいちこんなところまで来るな!」
「ほんとは良太がくればよかったんでしょうけど」
 さらっと言われ、苦々しげに工藤は雨で見えようもない窓の外に目を向ける。
「全くタヌキとは心外だ」
「何?」
「いえ、こっちのことです」
 秋山はしかし、ただ漫然と運転する男ではない。
 アスカのスケジュールと打診のあった映画出演について運転しながら打ち合わせを済ませた頃、車はオフィスに着いた。
「じゃ、一応、アスカさんの伝言、伝えましたから。失礼します」
 会社の前で工藤を降ろすと、秋山はそう言って雨の中へと車を発進させた。
 
 
   
 
 工藤はひとまず六階の部屋に落ち着くと、しばらくミラノと電話やメールのやりとりをして、煙草を銜えて一息ついた。
 さて、どう動こう?
 考えても埒が明かない。
 こんなときはやはりあそこに行くに限るな。
 大通りを一本入り、狭い階段を降りて、古びた重い木のドアを開けると、いつもの顔がカウンター越しに工藤を出迎えた。
 雨のせいか客もまばらだ。
「お久しぶりですね」
 初老のバーテンダーの前田はそう言うと、やがて工藤の定番であるラム酒の入ったグラスを置いた。
「忙しいばかりですよ」
 この店はもう二十年ほども変わらない。

 


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