現れたのは工藤だった。
監督と話をしながら、良太と菜摘がこちらに歩いてくるのを工藤は見ていたのである。
そこへ、男が現れた。
「へえ、あんたが噂の工藤か。なるほど、社長が社長だからな、その大事な部下に女優のコマシ方でも教え込んでいるわけだ」
「あいにく忙しすぎてそういう猥雑な講釈をたれているヒマはない」
工藤の言葉に安達は気色ばむ。
「ヤクザの身内のくせに、えらそうな面するな」
「なるほどお前は虎の威を借る狐ってとこか?」
「なんだと?」
さらに好戦的な目で安達は肩を怒らせる。
「いや、狐ほどもない、せいぜいネズミか?」
「貴様、言わせておけば………」
「うちのひよっこに女を取られて喚いているなんざ、そうも言いたくなるだろう? ええ?」
工藤が一歩前に出る。
安達は良太の胸倉を掴んでいた手を乱暴に離し、工藤を睨みつける。
工藤がまた一歩前に出ると安達が一歩後ろに下がった。
迫力負けだろう。
「言っとくが、貴様をつぶすことなんざ、屁でもないんだ」
「教えてやろうか、父親の手を借りなければ何もできないやつのことを虎の威を借るナントカっていうんだ」
「なに……!」
何も返す言葉がみつからないのか、「覚えてろよ!」と低次元の捨て台詞を吐いて、安達は足早に去った。
「ごめんなさい!」
菜摘は二人に謝るとその場から走り去った。
「工藤さん………」
良太は工藤を見つめた。
「手を出すなとはいわないが、女優とヨロシクしたければ、もっとうまく立ち回るんだな」
「何、言ってんだよ、俺は、そんな………」
工藤の言い草に、カッと良太の頭に血が上る。
「言ったはずだ。お前に講釈をたれているヒマはない」
たったかホテルへと戻っていく工藤の背中を良太は睨みつけた。
疲れてるだろうからと、せっかく人が温泉のあるホテル白神に宿を取ってやったのに!
「なーにが、講釈をたれているヒマはない、だ! クソオヤジ! トンチキ! オオバカヤロウ!」
ぽつねんと一人取り残された良太は声を大にして工藤に悪態をつく。
このままドラマのヒロインみたいに、森の中に逃げ込んでやりたくなる。
「…ッキショーめ!」
でもそんなことはできない。
いっちょ前の社会人ってやつは、それをやっちゃあおしまいなのだ。
「俺は考えなしのガキじゃないからな!」
とにかく仕事が残っているうちは。
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