どうせ良太がイタリアにいくことは当分ないのだから、余計なことを考えなくて済むだろう、と。
だが、よもや案外早く良太にそれが知れることになろうとは、工藤も思っていなかった。
「嫌だ…いやだってば! バカやろ…」
「何が、嫌だって?」
そんな工藤の言葉が合図のように、良太は工藤の背中に腕を回した。
甘い感覚がやがて良太を支配し、それからもう工藤の手の中で溺れさせられるばかりだった。
そうして、熱い波が引いた後、良太はふいに怖くなった。
ぶなの森の奥に目を凝らすとき覚えた、得たいの知れない畏怖の念に、どうしようもないやるせない思いが重なって、良太は工藤にしがみつく。
工藤が森の奥の闇の中へ引き込まれていく、そんな思いにかられ、夢現に良太は工藤を何度も呼んだ。
翌朝、「起きろよ」と言われて、良太が目を覚ました時には、とっくに工藤は着替えを済ませていた。
良太が悪態をつく間もなく、工藤は部屋を出て行った。
「良太、目が真っ赤よ」
撮影が始まろうという時、ついあくびをしている良太をみつけてアスカはが言った。
良太は途端首まで真っ赤になる。
夕べ何度抱かれたのかさえ覚えていない。
ただ、夢中で工藤にしがみついていたことだけは覚えている。
その日はロケの最終日だった。
ラストシーンを森の中で撮影することになっている。
最初にヒロインと恋人との回想シーンがあった。
恋人の復讐のために夫を殺害したヒロインが、かつて恋人と幸せな時間を過ごした森の中へと入っていく。
幻想的な森の中での撮影が終わると、スタッフからもため息が漏れる。
良太も原作は読んでいたが、映像になってもこの森の霊気のようなものさえ感じられ、ヒロインに思いがオーバーラップして良太はふと森の中に切ない思いをはせる。
休憩が入り、良太が工藤を探すと、工藤はまた監督と何やら話していた。
このあと工藤は東京に戻ることになっている。
「しばらく会えないな」
あああ、と良太は空を仰ぐ。
「あ、良太ちゃん、こっち、ちょっと来て」
菜摘だった。
菜摘は良太を連れて人気のない、森の近くまでやってきた。
「ねえ、一緒にご飯食べに行こうよ」
「いや、あの、俺……」
菜摘をどう断ろうかと迷う良太の後ろで、「おい」という声がした。
「俊信さん……」
菜摘が男を見て言った。
どうやら菜摘の不倫相手の安達らしい。
「ちょっとこい」
安達は菜摘の腕を掴む。
「いやよ、離して!」
菜摘は嫌がって良太にすがる。
「菜摘!」
「嫌がっているし、やめてください」
「何だと、このやろ」
安達はすごんで菜摘の前に立ちはだかった良太の胸倉を掴む。
「そこまでだ。うちの社員から手を離してもらおう」
漂い始めた霧の中から低い声が聞こえた。
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