物心ついた頃から、家には犬もネコもいろいろいた。
良太が拾ってきたのもいるが、日がな一日野球にかまけている良太より、大概ご飯をやる母親に懐いていたものだ。
もう今はない自分の家を思い出して、しばし感慨にふける。
良太が学生のとき、大学でクラスメイトにもらったナータンをアパートで飼い始めた頃、家の長老犬が亡くなって、家には犬もネコもいなくなってしまったのだけれど。
このヴィラには二匹の犬もいた。
一匹はダルメシアンだが、一匹は黒光りする中に茶色が混った見事な毛並みの大型犬だ。
いかにも頑丈そうな短毛種である。
よく躾けられているようで、こんなに大勢の人間が騒いでもおとなしく隅の方にそれぞれ陣取っている。
良太はネコにはガンつけられて歯をむかれたものの、初めてこのヴィラに来た時、この大きな犬と目が合ってから、妙に懐かれているのだ。
懐かれてっていうより、何か俺見張られていたりして。
乾いた笑みを浮かべ、ちらりと犬の方に目をやると、またもや目があう。
と、のっそりと立ち上がった犬が良太のほうへやってくる。
な、なんだ?
思わず良太は後ずさりする。
何気に視線を外して、ヴィラの兄弟が連れてきた女の子たちと一緒にいるアスカたちの方に歩いて行こうとすると、犬もあとをついてくる。
「何だよ、何か欲しいのか?」
ついつい、声をかける。
犬はくう、とそこに行儀よく座る。
「ダメだぞ、お前、また俺が何かやると、加絵さんに怒られるかしれないだろ?」
諭すような口調で良太は犬に言うが、犬は小首を傾げるだけだ。
「あちゃ、イタリア語じゃねーとダメか」
「珍しいな、そいつが誰かに気を許すなんて」
そう、英語で話し掛けてきたのは、ジョヴァノッティ家の次男、エンツォだ。
「こいつ加絵以外あんまり懐かないんだよ。外敵には実に凶暴になるし」
タラリ、と良太の背中を流れるのは暑さのせいでなく冷や汗だ。
「そ、そうなんだ?」
良太の笑いが引きつる。
「ロットワイラーの純血種で、賢くて従順ではある。普通は穏やかなんだけどね。こいつはレオ、あっちのダルメシアンはピコ」
硬いエリートのイッポーリトとは違って軽い雰囲気のエンツォは、食べ物や飲み物を二人に持ってきてくれたり、日本に旅行した時のことを面白おかしく聞かせたりと、こいつはとっつきやすくていいやつだ、と良太はそう思っていた。
「良太、アスカ、そろそろ引き上げるぞ!」
やがて工藤から、やっとお呼びがかかった。
相変わらず不機嫌そうな怒鳴り声だ。
まあ、いつもの社長であることに違いはない。
と、レオがやおら立ち上がると、ヴィラを出て行こうとする工藤のところへとっとこ駆けていくではないか。
ひえっ、やばい…
飛び掛かるのではと思った良太の目の前で、レオは工藤の顔をじっと見上げながら大きくシッポを振っている。
「そういや、工藤にも懐いてたな。あいつ、結構利口なんだよ。工藤がうちにきたの、もう七年も前のことなのに覚えてるんだ。随分遊んでもらってたからな」
エンツォが今ごろ言い出した。
「へえ、そうなんだ」
工藤がレオの頭をぐりぐり撫でているのを良太は見て、なんだ、犬は好きなんだ、などと微笑んだりするものの、一方では加絵ともそんなに親密だったのだと知らされて、また心臓がぎゅっと痛む。
「どうせなら、ここに泊まればいいのに。部屋はいくらでもあるよ」
エンツォはすすめてくれたがそれを丁寧に断って、ジョヴァノッティ家のクルーザーでサンタ・マルゲリータ・リグレのホテルに向かう。
工藤もちゃんと一緒だと確認して、良太はほっと胸を撫で下ろしたのだった。
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