■花火(工藤と良太37)
工藤×良太、鬼の夏休みの前あたりのエピソードです。短編( )
八月に入って最初の土曜日、広瀬良太は後部座席にさっきから携帯で明らかに不機嫌そうな声で相手とああだこうだと話している工藤高広を乗せ、首都高速都心環状線を江戸橋ジャンクションから首都高速六号線に乗り、ジャガーを走らせていた。
ほとんど良太仕様のようになっているジャガーだが、持ち主は乃木坂にある青山プロダクションの社長工藤である。
良太の名刺には秘書兼プロデューサーとなっていて聞こえはいいが、実のところ、万年人手不足の青山プロダクションにあっては、社長秘書兼運転手兼雑用係にプラスしてプロデューサーくらいなものである。
今日も、会社にとっては大事なスポンサーで丸の内にある東洋商事へ、社長の綾小路紫紀と夕方まで打ち合わせだった工藤を迎えに行き、当初の予定では会社に戻るはずが、丸の内に向かう途中で、青山プロダクション所属俳優中川アスカのマネージャー秋山から迎えに来てくれないかと急遽SOSが入った。
「何だって江戸川なんかに行くんだ?」
丸の内で乗り込んでからずっと携帯で話していたが、やっと電話を切った工藤に、アスカを拾ってから帰る旨を説明すると、早速工藤に文句をつけられた。
「秋山さん、車に後ろからぶつけられて、今警察が来て、相手の保険屋さんを待っているみたいなんですが、動きが取れないらしくて、アスカさんを先にマンションまで送ってほしいってさっき連絡があって」
「だから何でアスカが江戸川なんかにいるんだ?」
なおさら不機嫌な声で工藤は尋ねた。
「ほら、アスカさんがやってたコメディドラマの番宣で、今日の特番に主要メンバーと一緒に出たんですよ。で、アスカさんを迎えに行こうと駐車場から出ようとして秋山さん、ぶつけられたみたいで」
良太は渋滞気味でなかなか進まないのにイラつきながらまた説明をした。
「ドラマは江戸川で撮ってたのか?」
「違いますよ。今日は、だって、江戸川の花火大会じゃないですか。それで特番で河川敷から生で放送したんですよ」
渋滞がようやく動き出したので、良太はアクセルを踏んだ。
首都高速七号線から一之江で出ると、環七通りに入り、篠崎公園方面へと向かう。
「交通規制されてるから、どこかに車停めないと」
どこかウキウキとそう言うと、良太はちょうど車が出てきたコインパーキングに車を滑り込ませた。
隅田川の花火大会とともに人気の江戸川の花火大会は観客動員数が日本一とも言われている。
オープニングから千発の花火というダイナミックさで、良太もどうせなら最初から見たかったところだが、既に八時近くだからもう終盤だ。
「どうします? 工藤さんも行きます? か、どこかで待ってますか? アスカさん、河川敷で共演の久保さんと一緒にいるらしくて」
良太が聞くと、しかめ面のまま、工藤も歩き出した。
「二人だけでいるのか?」
「ああ、久保さんのマネージャーも一緒みたいですけど」
良太は歩きながら携帯でアスカを呼び出した。
「今歩いてそっちに向かってますけど、どのあたりです?」
人混みを掻き分けながら良太はアスカのいる案内所を目指して歩く。
その間にも、ドーンドーンと花火が打ち上げられる音が響き、人々の頭越しに大きな花火が見えた。
工藤は黙って良太の後ろを歩いている。
「あ、良太! 工藤さん!」
案内所の傍に立つ浴衣のアスカは、二人を見つけると手を振った。
「今晩は、お世話になってます」
良太はアスカと一緒に浴衣を着て笑顔見せる久保のりかとそのマネージャーに挨拶した。
「こちらこそ、あ、工藤さん、この度は色々とお世話になりまして」
久保のマネージャーはまさか工藤が出現するとは思っていなかったようで、工藤を認めると表情をこわばらせて頭を下げた。
「いや、うちの中川が世話になりました」
そう言うと、工藤は、行くぞ、と二人を促したが、「あと少しで終わるから最後まで見てってもいいじゃない」とアスカがごねる。
「花火なんて、何年ぶりだろ」
その横で、嬉しそうにボソリと呟く良太を見ると、工藤も仕方がないなとばかりにちょうど花火が広がっていく天上を見上げた。
それこそ花火が久しぶりなのは工藤も同じだ。
大学の時に、ちゆきを含む悪友らと一緒に見に行った花火が最後だったか。
あの時は隅田川だった。
花火にしろ桜にしろ、昔の想いにつながるようなものは敢えて避けてきた。
「たまや~!」
花火が打ちあがるのと同時に掛け声がどこからともなく上がる。
頬を上気させて花火を見上げている良太を見やると、工藤は少し苦笑し、それでも穏やかな自分に気づいて、あらためて時間の流れを感じざるを得なかった。
秋山から代車で戻ってくるという連絡が入ったので、工藤は会社に近い寿司屋に来るように言った。
よくもそれだけ食べるものだと、楽し気に笑い合うアスカと良太の横で、工藤は越後の大吟醸をやりながらフンとほくそ笑む。
やがて現れた秋山は、駐車場で後ろにぶつけられた経緯を説明した。
花火を楽しんでいたアスカとは裏腹に、さすがに疲れた顔で鮨をつまむ秋山をねぎらい、工藤は酒を勧めた。
やがて秋山とアスカの二人をタクシーで返すと、工藤は良太とともに会社の上にある部屋へと向かった。
シャワーを浴びたばかりらしい半がわきの頭の良太は、工藤が部屋に呼ぶと幸せそうな顔でやってきた。
グラスにラム酒を注いで渡すと、一人前の顔で良太は口に持って行く。
「花火、きれいだったな」
ほわんとした表情で呟く良太を抱き寄せて、工藤はその唇をゆっくり味わった。
幸せそうなお前を見てるとこっちもそんな気分になってくるだろう。
容易く追い上げられて色づいた息をつく良太を弄りながら、工藤は中に押し入った。
ひと際高く声を上げて工藤を呑み込んだ良太の身体はびくびくと震え、工藤がさらに奥へと突くと身体を仰け反らせて喘いだ。
二度ほどいかせてやってから己も果てると、工藤は身体を離した。
家族と一緒に花火を見た子供の頃の夢でも見ているのかと、瞼の上にまで落ちた髪をそっと掻き分け、良太のまだ少年染みた寝顔をしばし見つめた工藤はふっと笑いを浮かべ、その傍らに身を横たえた。
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