幻月13

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 波多野から良太に連絡が入った時点で、工藤のことだということはすぐわかった。
 やはり波多野は動いていたのだ。
 そしてそれは、今回の事件の裏に、組関係の争いが関係しているということなのだろうか。
 考えるたびに良太を不安が襲う。
「いつでも話聞くよ? 良太がそういう顔してるとこっちまで心配になる」
 ぼおっと考え込んでいた良太は、竹野の言葉にハッとする。
「ごめん、ありがとう」
 竹野に心配されるほどひどい顔をしていたわけか。
 しっかりしなきゃ、俺。
 こんなんじゃ、工藤をこっちに戻すことなんかできないぞ!
「案外、よくなってきただろ」
 撮影の合間、坂口が言った。
「演者らが一つの世界を創り出してる」
「ほんとですね」
 良太が来てしばらくしてスタジオに一人でやってきたアスカは、ちょっと良太の方を見たが、割とすぐにその世界の住人になった。
 秋山は今工藤が関わっているCM制作の現場に行っているはずだ。
「うーん、やっぱ良太ちゃんの目は確かだな」
「何ですか、それ」
 坂口の言葉に良太は笑う。
「いや、皆の一体感が出てくる時ってその場のまとめ役みたいなのが大概いるもんなんだ。それって良太ちゃんだってこと」
「俺は演者じゃないですよ」
「でも演者みんなが良太ちゃんと話してるうちに何かワールドの入り口を見つけたみたいだよ」
「まとめるとか、俺なんか何もしてないですし」
「いや、マジ、まとめ役っつうか、良太ちゃんと話したから、動けた、みたいなところはあるんだと思うよ、うん」
 自分にはそんな力はないが、坂口が言っているうちのいくばくかを担えてるんだとしたら、それは嬉しいことかもしれない。
 もう行っちゃうの、今度飲み行こうよ、という坂口の名残惜し気なセリフを後にして、良太は二時過ぎにスタジオを出ると、三時まで二十分ほどもある時間にMEC電機本社の駐車場にいた。
「しっかりしろよ、俺」
 三時まで十分となったところで、良太はもう一度声に出して言うと、車を降りて一階の受付へと向かった。
「青山プロダクションの広瀬様ですね。少々お待ちください」
 受付嬢が広報部を呼び出している。
「お待たせいたしました。どうぞこちらへ」
 カード型の入館証を渡され、受付嬢が先に立って良太を広報部のある階用のエレベーターホールへと案内してくれた。
 広報部は二十階にあるようだ。
 階が上がるにつれて、ざわめいてきた心臓を良太は何とか沈める。
 二十階でドアが開くと、そこにも入館用の受付システムがあり、良太がカードを画面にかざすとゲートが開いた。
 と、そこにはいつのまにかあの男が立っていた。
「お待ちしておりました」
 乱れのない身なり、エリート然とした佇まい、銀縁の眼鏡、通った鼻筋、顔だちは整ってはいるが、むしろ特徴がないのは敢えて表情を外に出さず、猫のように気配を消しているからなのかもしれない。
 良太は波多野の後について歩いたが、波多野は良太よりは背が高いから百八十五センチくらいだろうか、肩から腕のあたりがおそらく平均的な日本人男性としてはがっちりしている。
 スーツはオーダーメイドじゃないと、これだけ身体にフィットしないだろうと思われた。
 スマートに見えるのは姿勢がいいせいだろう。
 ハーバード大学を卒業後、ビジネススクールを経てMBAを取得し、アメリカの大手企業に在籍していたが、数年前に日本に戻り、コンサルティング会社に一年いたのちMEC電機に広報部長としてヘッドハンティングされたというのが、以前良太が調べた波多野のプロフィールだ。
 無論それは表向きで、拳法か何か武道の達人で、おそらく工藤の伯父あたりの命を受けて工藤の周囲を監視している。
 初めて波多野に出くわしたのは、千雪との打ち合わせで神楽坂の料亭『雅楽』に工藤と良太が出向いた夜だった。
 打ち合わせと食事を終えてからタクシーで千雪をマンションの前まで送り、工藤と良太を乗せたタクシーが動き出そうとした時、どうやらタクシーをつけていたらしい男たち数名が千雪を拉致しようとしたのだ。
 工藤と良太は千雪の声に気づいて車を降り、千雪を助けるべく走った。
 その時だ、波多野が気配を消して彼らに近づき、たちまち男数名を叩きのめし、気が付くとまたどこかへ消えていた。

 


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