幻月14

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 良太は男らに向かって行って逆に突き倒されていたから、彼らを助けた男の顔もうろ覚えだったし、その男が波多野だということは後になって知った。
 千雪が良太にこっそりそう思わせておけと言ったのは、その時、千雪を襲った連中が千雪のことを工藤のイロなどと口にしていたところを見ると、千雪を工藤の女だと思い込んでいて、工藤の女を拉致するのが目的だったらしいからだ。
 波多野は良太を小会議室といった部屋に案内し、やがて女性が良太にお茶を運んできた。
 波多野は女性ににっこり笑い、ありがとう、と言った。
 女性の返した笑みが嘘くさくないところを見ると、どうやら波多野は社内ではいかにもエリートビジネスマンという役柄に徹し、社員とも良好な関係を築いているに違いないと思われた。
 女性が出ていくと、波多野は立ってドアにカギをかけた。
 念の入れようはただ事ではない。
「小林千雪さんも早くから動いているようですね」
 挨拶も何もすっ飛ばして、波多野はのっけから本題に入った。
「警察よりも早く調査し始めたのは、工藤さんから何か連絡があったからですか?」
「警察が来る前に、千雪さんが工藤さんから連絡を受けたそうです」
 良太の中で、波多野に対する胡散臭さがまったく消えたわけではないが、工藤にとっては敵ではないと信じる以外ないと腹をくくった。
 工藤から千雪に動画が送られた経緯などを、良太は端的に説明した。
 そして殺された松下美帆の男と思われるのは中堅建築会社社長の友成陽介で、工藤は美帆とは関わりもないこと、さらに千雪が工藤の女だと思い込んで拉致しようとした連中がいたのを利用して、千雪はそう思い込ませておけと良太に言ったことなどまでを話した。
「なるほど、確かに千雪さんを工藤の女だと思い込ませておくのがベストでしょう。さすが名探偵ですね。あの妙ちきな風貌の裏で彼は得体が知れないところがある」
 得体が知れないのはあんたのことだろう、と良太は心の中で突っ込む。
「あの時、千雪さんを拉致しようとしたのは、次期組長の椅子を狙う島本組系列の下っ端連中です。芦田組が推す若頭の息子では心もとない、いずれ工藤さんを担ぎ上げるに違いないという憶測で、島本組は配下の者だけでなく、金で半グレ集団を動かして何度か工藤さんを襲っています」
「え、何度かって……!」
 いつぞや、工藤が車をいきなり変えた時とか、良太には思い当たる節はあった。
「既に私の手のものに片付けさせてあります。今更あなたが考える必要もないことです」
 ちぇ、そうだろうよ、どうせ俺なんか何もできやしないさ。
「今回、やつらが強硬手段に出たのは、例の撮影中にあなたが倒れたために、工藤さんの顔がネットで拡散したことが発端でしょう」
「え…………?」
 心の中でやさぐれる良太を、波多野はさらに追い詰めるようなことを言う。
「今回はよろめいた本谷のファンが車にぶつかりそうになったところをプロダクションの社員が助けて代わりに自分が倒れた、というような内容だったのでまだよかったのですが、工藤さんがSNS上に現れたのはまずかった」
「どういう………」
 良太は息をのむ。
「工藤さんは表に出てはいけないんです。表に出るのならむしろ人気俳優にでもなって大々的に顔を知られるような存在であれば、ああいう連中も担ぎ上げようとか思わなかったかもしれませんし、狙われることもなかったかもしれませんが…………」
 そこまで言うと波多野は唇の端に笑みを浮かべた。
「まあ、あの人は演技などできる人ではないですからね。だったら表に出るべきではない。今回、SNS等で拡散された工藤さんを見てみればわかりますが、一目で只者ではないと思わせる威圧感をまき散らしていますからね」
 良太はハッとした。
 工藤が鬼と異名をとる業界では恐れられる存在だとは知られているし、良太も今はそれに慣れてしまっているが、確かに初めて会った時の工藤は対峙する人間を委縮させるほどの半端ないオーラを放っていた。
 だから一緒に青山プロダクションの面接を受けた者たちは良太以外皆恐れをなして帰っていった。
「反社会的勢力にとっては工藤さんはいかにもな人間なんですよ。今までのゴシップネタとは違って、SNSでその辺の女子が生の工藤さんを動画で流してくれましたからね、あの世界の連中にはこれが中山組長の甥だと宣伝したようなものです」
 それって、俺のせいってことかよ。
 まさか、あの一件が今回の事件の発端とは良太も思いもよらなかった。

 


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