その記事を読んでも大抵、へえ、で終わる程度だし、島本組系列でもことが麻薬関係ではトバッチリを避けて誰も何も言わないし、インテリヤクザで偉ぶっていたくせにドジ踏んだもんだ、くらいしか思わなかっただろう。
ただ、その記事を見つけて背中に戦慄を覚えたのは良太だった。
「これって、波多野の仕業だよな、きっと」
波多野の言った、石尾の始末、とはこういうことだったのだ、と良太はすぐわかったが、波多野と結びつけるものなど何もないだろう。
おそらく工藤もその記事を読んだに違いない。
「波多野のことなんかお前が思い悩むようなことじゃない。忘れろ」
そう工藤が言ったのは工藤が無罪放免になった夜のことだ。
その日、小田から連絡を受けた良太は飛んで行って警察署を出る工藤を出迎えた。
小田とはその場で別れ、良太は一週間以上ぶりに顔を見た工藤への嬉しさを何とか抑え込み、「どうします? 腹ごしらえしてからオフィス戻りますか?」とおそらく疲れているだろう後部座席の工藤に尋ねた。
「いや、食事はきっちり取っている。東洋商事へ行ってくれ」
「わかりました」
ったくもう仕事かよ。
もっとやつれたりしているだろうという良太の思惑に反して、何ら変わりない今まで通りの工藤である。
というより、むしろすっかり疲れを癒したように健康そうにも見える。
「やることがないから、毎日食ってストレッチしてたくらいだからな」
どちらかというと、良太の方が色々考えあぐねて眠れない夜もあり、食事もあまり喉を通らなかったりで痩せたかも知れない。
「お前も来い」
車で待って居ようと思った良太に工藤は言った。
訪問先は大企業本社ビルが建ち並ぶ丸の内である。
受付で工藤が名乗ると、良太ともども社長室のある上層階行きのエレベーターに案内される。
「お待たせしました」
ややあって颯爽と現れた綾小路紫紀はにこやかに自ら社長室に案内した。
「こちらへどうぞ」
紫紀は工藤と良太にお茶が運ばれると後ろに控えていた秘書の野坂を下がらせた。
「今回はとんだ災難でしたね。無事にご帰還されて何よりです」
「いや、京助さんや千雪さんたちのお陰です。感謝します」
「千雪くんなんか、ことあるごとに警察の無能さを罵ってましたよ。私も、思い込むとてこでも動かない縦割りのあの組織には結構昔から呆れてますけどね。以前は千雪くんさえ容疑者にしてくれましたし」
千雪が容疑者にされた話はチラッと聞いただけで、良太は詳しくは知らなかった。
そういういきさつがあったのなら、紫紀までもが警察に対して言葉上でもきつくなることもうなずける。
今度千雪さんに事件のことちゃんと聞いてみよう。
それにしても紫紀は工藤の件を京助から話を聞いたのだろうと良太は思ったが、どうして工藤が最初に紫紀を訪ねたのだろうと訝しんだ。
「しかし、小田弁護士から今回の事件の件で、スポンサーを降りた方がいいかも知れないと窺った時は驚きました」
良太は驚いた。
工藤はそんなことまで考えていたのだ。
他のスポンサーに対しても同じように対応したのだろうか。
「工藤さんを信頼してますから、そのような気遣いはご無用にと申し上げましたが、私は京助にレンジローバーを貸してもっと早く真犯人を突き止めろとせっつくくらいしかご協力できなくて逆に申し訳ありませんでした」
「とんでもない。お心遣いありがとうございました」
え、あのレンジローバー、京助のじゃなくて、紫紀さんのだったのか。
俺、コンビニに行くのに使っちゃったぞ。
良太はカッコいい車だからと運転してみたくて、谷川さんの乗ってきた社用車ではなく、レンジローバーのキーを京助に借りたことを思い出した。
「他のスポンサーにも、小田さん経由で紫紀さんと同じように伝えたんですか?」
東洋商事を出て青山プロダクションに向かう車の中で、良太は工藤に尋ねた。
「鴻池さんとか」
「鴻池? あの人にそんなことを言ってみろ。警察官僚に圧力をかけるか、でなければ真犯人を探すどころか、三文ドラマよろしく適当な人間を真犯人に仕立て上げて、警察に二重の冤罪を負わせるくらいが関の山だ」
「はあ」
まあ、確かにあり得ないことではない。
工藤も鴻池という人間についてはよくわかっているのだ。
「お帰りなさい、社長」
オフィスでは鈴木さんと平造が静かに工藤を出迎えた。
「心配かけて申し訳ない」
工藤は二人に真面目な顔で言った。
鈴木さんはもう涙目になり、お茶を入れますね、とそそくさとキッチンに向かった。
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