「個展が終わるまでは言うとおりにしてもらう。まだわかっていないようだが企画となった段階でもうビジネスプロジェクトだ。バイトしながら片手間に描いたものなんか持ってこられても、こちらとしては納得できかねる」
サラリと言われ、悠はムッとした顔でベッドを降りると、足元に置いてあるリュックの上のジーンズに手を伸ばす。
「そんな熱のあるような身体でどこへ行く気だ?」
藤堂は予想のつかない悠の行動にあたふたする。
「あんたが言ったんだろ、描けって。大学行って描くんだ」
リュックを掴んで、スニーカーをひっかけ、出て行こうとする悠の腕を藤堂は引き戻す。
「そんなんで身体でも壊したらもともこもないんだよ」
「これしきで俺がくたばってたまるか」
悠は藤堂の腕を振り切ろうと暴れた。
「熱を出して倒れたのは誰だ。ベッドに戻れ」
最後には腕ずくで悠をベッドに押し戻した。
「わ……何すんだよ!」
「聞き分けのないことばかり言ってると、ここで襲っちゃうぞ、悠ちゃん」
上から押さえつけられ、藤堂の目の怪し気な光を見て、悠は咄嗟に身を竦ませる。
「バ……気色ワルいことぬかすな、この変態オヤジ!」
「おや、いっちょ前に焦ったりして。残念ながら、狼も太ったコヤギじゃないと食指もわかないんだよ、悠ちゃん。期待させて悪いが」
フフンと藤堂は不敵な笑みを浮かべる。
「だーれが期待したよ! 悠ちゃんて言うな!」
悠の頬がかあっと真っ赤に染まった。
「今夜はしっかり寝て、大学に行くのは明日にしなさい。それからこの寒空にそんな涼しげな格好で出歩くもんじゃない」
藤堂はハンガーにかかっている黒い革のジャケットを取って悠に差し出した。
「これなら、若い君でも着られるだろう。あげるよ」
「んなもん、もらういわれは……」
「どうせ俺ももらいもんだ」
河崎のワードローブから適当に持ってきたものだ。
そろそろコートくらい買った方がいいだろうとは思っているが、その暇がない。
「……わかったよ」
観念したように悠は頷いた。
「素直でよろしい。子守唄でも歌ってやろうか?」
「いるか!」
毛布を被ってしまった悠を見て藤堂は笑う。
と、藤堂のポケットで携帯が鳴った。
「何だ、達也」
「長谷川美香がお前をお名指しなんだよ。あの女、勝手なことばっか言いやがって。ボヌールって六本木のクラブ。すぐ行けよ」
「…おい…」
呼びかけようとした時には既に切れていた。
「全く、人使いが粗いんだからな。仕方ない、ちょっと出てくるが、おりこうにして休むんだぞ、悠ちゃん」
「ちゃんとか、言うなってっだろ!」
悠は毛布から顔を出して言い返す。
「はは、アイちゃん、この坊やがおいたしないように見張っててくれ。あ、お腹すいたら、冷蔵庫に色々入っているから食べていいよ」
アイちゃんは自分用のベッドから出てきてお座りすると、キュワン、とひと声。
藤堂が出て行くと、急に部屋は静まり返った。
「テレビもないのかよ……この部屋は」
しっかし、変なおっさん。
やなやつ、って思ってたのに。
だけど温かかった。人って、あったかいんだな。
さっきどさくさまぎれに抱き込まれた時、その温かさが何だか懐かしかった。
クウン、とボーダーコリーがいつの間にか傍にきて座り、まるい目でじっと悠を見上げている。
主人の言いつけを忠実に守ろうとでもいうように。
「わかったよ、寝るからさ」
悠は手を伸ばして、頭を撫でてやる。
アイちゃんも温かい。
生きてるって温かいってことなんだ。
そんなこと、忘れていた気がするな。
自覚がなかったが、少し熱が上がって頭が朦朧としていたらしい。
目を閉じるとすぐ悠は夢の中に落ちていった。
既に何日経ったろう、河崎がメインで動いている東京自動車の新車の宣伝プロジェクトに借り出され、今日もスタジオで藤堂は時間が過ぎるのをイライラともてあましていた。
「よかったよー、美香ちゃん」
なんて口では言いながら、頭の中では悠のことが気になって仕方がない。
イメージキャラクターに起用された女優の長谷川美香は、デビュー当時、まだ藤堂たちが英報堂にいた頃に一緒に仕事をして以来、マメで面倒見のいい藤堂に懐いていた。
今回も、共演する俳優が嫌だとか何とかごねまくりで、その度ごとに、藤堂ちゃーん、とくる。
美香が恋人というくくりでは藤堂を見ようとしないのがミソであるが。
このままだとヨーロッパロケにまで借り出されそうな雲行きだ。
冗談じゃないぞ。
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