「はあ」
未だ頭から離れないマミちゃんの声に、藤堂の口から出てくるのはため息ばかりだ。
「藤堂さん……」
浩輔は気の毒そうに藤堂を見やる。
今度ばかりは、サンタ藤堂の持参したプレゼントも功を奏することはなかったわけだった。
そういえば、バラの花束とシュークリームは、通りがかりのガテンバイトの男にやってしまったのだと、藤堂は思い出した。
「おっさん、とか言いやがって」
「え、彼女にそんなこと言われたんですか?」
藤堂の呟きを聞きつけて、浩輔が藤堂を振り返る。
「あ、いや、彼女じゃないんだが」
あの男はひょっとするとかなり若かったのかもしれない。
シュークリームにがっついて、あっという間に平らげた男は、肩まである髪はボウボウ、シャツといいダボダボのズボンといい汚れまくっていたが、細面の顔は少なくともオヤジではなかった気がする。
からだをゆすった時、随分やせた男だと思った覚えはあるが。
二人がコーヒーを飲みつつまったりしているところへ、電話が鳴った。
「あ、お疲れ様です。え、藤堂さん? いますよ。今代わります」
浩輔は受話器を離して藤堂を呼んだ。
「啓子さんです、『銀河』の」
銀河とは、ビルの三、四階を占めているギャラリーのことである。
プラグインのビルを建てる際、以前から好きな絵や彫刻を扱う仕事がしたいと話していた達也の姉の美保子に、ギャラリーを開いて任せようということになったのだが、お嬢様社長の美保子ひとりに経営を任せておけず、絵や彫刻にも精通している藤堂はこの銀河の取締役兼プロデューサーとしても名を連ねていた。
「啓子ちゃん? どうしたの?」
最近銀河に入った荒木啓子はくっきりフェイスで明るく、受付から事務処理まで仕事をてきぱきとこなしてくれる頼もしい存在だ。
「わかった、すぐ行く」
「何かあったんですか?」
藤堂が受話器を置くと、浩輔が聞いた。
「いや、変な客が彼女に絡んでるらしい。美保子さん、今日はいないしな」
藤堂が階段を上がってギャラリーのドアを開けると、啓子と男が何やらもめている。
「だから、直接社長と話、させろよ!」
若い男のようだが、肩を越す髪にバンダナを巻き、紺のシャツもダボダボのズボンも泥でひどく汚れている。
「お客様、どういうご用件でしょうか? あいにく社長はただ今留守にしておりますが、ご用件でしたら私、藤堂が承ります」
そこへ割って入った藤堂は、すかさず名刺を差し出した。
「ギャラリー銀河プロデューサー、藤堂義行?」
名刺を読みあげながら顔をあげた男を見て藤堂は驚いた。
「おや、ひょっとして、君は、あの時シュークリームにがっついた…」
きょとんと、やはり泥で汚れた顔で藤堂を見つめ、男は小首を傾げる。
「あ、もしか、あんときの、おっさん?」
「わざわざあの時のお礼をしにきてくれたのかな?」
どうやら思った以上に若いようだ。
ガテンボーイ、何だか面白い偶然じゃないか。
「あんたが誰かも知らないのに、んなこたあるわけないだろ! 俺はギャラリー貸してもらいにきた客なんだぞ。十二月って、ここ空いてるんだろ?」
どこかで会ったような気がしたのは、そうか、キャンキャンとお散歩をせがんでいる時のアイちゃんとこのガテンボーイ、くりっとした目が似ているんだ。
よく見れば幼ささえ窺える、ガテンバイトを生業にしているわりに泥を落とせばおそらく肌は白いのだろう。
「だって藤堂さん、ギャラリー使用料負けろっていうんです、その人!」
啓子が我慢がならないというように藤堂に告げる。
「荒木くん、昨日いただいたお饅頭があったよね?」
「えー、でも、藤堂さん」
不満げな顔のまま啓子はキッチンに消える。
「君のお腹がさっきから何か食べさせろと言ってるようだ。また食べてないのか?」
さっきからグーグー鳴っているのは、この男の腹の虫らしい。
「余計なお世話だ! ……けど、まあどうしてもというなら食べてやってもいい」
啓子がお茶と饅頭を並べた菓子器をテーブルに置くと、不遜なそぶりで男はソファに腰をおろした。
「どうぞ、召し上がれ」
藤堂がにこやかにすすめると、男は申し訳程度に手のひらをシャツで拭い、饅頭に手を伸ばした。
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