「ああああああああ」
小笠原は椅子にもたれこんでうめき声をあげた。
「お前なんか、女の子にメチャもてのイケメン俳優って騒がれてるのになあ。実情は真中に先を越されたか」
すると小笠原はむくりと顔を上げ、「お前そういう、傷口に塩を塗るみたいに……」と軽く良太を睨む。
「ああ、くっそ! そうだ、俺様は、人気イケメン俳優だかんな! んなもん、すぐに次の彼女見つけてやるわ!」
良太がグラスにワインを注ぐと、小笠原はまたそれをガブガブと飲み干した。
「あのさ、また上乗せで塩を塗るようだけど、お前、こういう話できる友達、とかいないわけ?」
良太の言葉に小笠原はウっと眉を顰める。
「いるわけねえだろ。だから、うちのオフィスに来た時も、俺もう人が信じられねくてきたんだってばよ」
「そっか……」
とその時、良太のポケットで携帯がワルキューレを奏でた。
心臓がドクンと跳ねたような気がした。
「……はい、お疲れ様です」
良太はそばには小笠原しかいなかったので、そのまま携帯に出た。
「えと、今、小笠原と一緒で、小笠原は島から戻ってきて、来週から舞台稽古に入る予定です」
「『からくれないに』の方は千雪を連れてったのか?」
工藤の声が心の奥まで染み入っていくように感じられた。
「はい、何とか。顔合わせの方もつつがなく終わりました。パワスポも」
「そうか、来週の火、水あたり、こっちに来れないか。北山杉、またロケに行くんだが」
昨日の今日で、珍しく続けて電話をくれたと思えば、唐突な京都行の話に良太は躊躇した。
今までの良太であれば躊躇どころか、すぐに行くと返事をしただろう。
無理やりにでもスケジュールを組み直し、万障繰り合わせてすっ飛んで行ったに違いない。
だが、今はそれができなかった。
行きたい、という思いと、ダメだという思いが良太の中でせめぎ合い、ややあってから口を開いた。
「すみません、ちょっとそのあたりは難しいかと。レッドデータもあるし……」
「何なら、俺からヤギの方に言っておくが」
「……いや、それだけじゃなくて、『田園』の方で、撮影は火曜日に終わるんですが、竹野のことでちょっとあって……」
つい、口から出てしまったウソ。
「そうか。まあ、じゃあ、あとは任せる」
そこでいつものように電話は切れた。
切れてからも少しばかりぼんやりと良太は携帯を握りしめていた。
「工藤だろ? 何? 俺のこと?」
小笠原が良太の顔を覗き込む。
「あ、いや、業務連絡。来週、京都に来れないかとかって。いくら何でも無理だよ、レッドデータもあるし、明日から能登へロケだぜ? 魂胆はわかってるんだ、工藤、今度は京都の仕事も俺に丸投げするつもりなんだ。それで、またどっか海外の仕事に飛ぼうとか思ってるに違いないんだ。ったくあのオヤジときたら」
自分に言い訳するように、良太はあれこれと並べ立てると、グラスにあったワインを一気に飲み干した。
「なんか、お前、きょどってねぇ?」
「は? 何言ってんだよ、忙しいって話だろ?」
ちょっと鋭い視線を小笠原に向けられ、良太は懸命にごまかした。
「フーン、まあ、お前、ここんとこちょっと働きすぎみてぇじゃん。昨日鈴木さんに聞いたけど。ちょっと京都あたり行ってみりゃいいのによ」
「だから、明日能登行くって言ったろ? 明日は撮影なんだけど、明後日の朝、漁師さんに漁業体験させてもらうことになってんだよ。それに宿は温泉だぜ? プラグインの藤堂さんと佐々木さんとかと一緒だから、結構気が知れてるし、楽しみでさ」
「くっそ、温泉か! 俺も行きてぇ!!!!」
小笠原の興味はそっちにそれてくれたので、良太は心の中で少しほっとした。
「な、今度、温泉、行こうぜ? どっかで休み合わせろよ」
「さあ、いつになるかわからないけどな」
小笠原をタクシーでマンションまで送り、良太は会社まで戻ってきたのだが、何となくいろいろもやもやして、すぐに部屋に帰る気になれなかった。
小雨が降り出していたが、傘を差さなくてはならないほどではない。
「十一時か……」
足を向けたのは『OLDMAN』だった。
元々は工藤の行きつけのバーだが、良太には行きつけなんて店はない。
ただ、バーテンダーのオーナーとは顔見知りで、一人でも入れる店だ。
飲み過ぎて寝てしまって、工藤を呼ばせたなんて過去があるものの、それから顔を出してもオーナーは何も言わない。
コニャックの味がわかるほどではないが、濃厚な香りは好きだった。
温泉ね。
小笠原が言ったことが舞い戻る。
工藤も温泉にでも行ってちょっと骨休めすればいいのにな。
だが今、良太は工藤と一緒にいる自分が想像できなくなっていた。
心が離れてっちまった相手に追いすがっても、無意味だろ。
小笠原の言葉が今の自分に妙にしっくりくるのだ。
それに。
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