風そよぐ24

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 ふと立ち止まって見回すと、みんなその人の立ち位置で前を見据えて進んでいる。
 小笠原しかり、アスカしかり、沢村も、佐々木さんも、当然千雪さんもだ。
 俺って、何?
 考えてみれば、この業界に入りたくて入ったわけじゃない。
 とりあえず金になる就職口だったからだ。
 もちろん、運転手、パシリ、雑用係、何でも屋でも構わない、けど、ちゃんと地に足つけてやってれば、の話だ。
 大学の時だって、みんながあくせく就活してる時に、オヤジの工場継げばいいやくらいで甘いこと考えてたから、慌てることになったんだ。
 オヤジの工場継いで、どのみち野球で身を立てるなんて無理だってわかってたし、せいぜい草野球でも続けていられればいいや、なんて。
 そのくらいが俺の将来設計だった。
 超甘いよな。
 ってか、ほんと俺って何でもかんでも中途半端過ぎねぇ?
 野球でもダメ、俳優なんてとんでもない、俺、工藤の後についていくなんて、よく言ったよな、俺。
 プロデューサーの仕事が面白そうだなんて言って、工藤にせせら笑われたけど、笑われるわけだよ、俺ごとき何かを制作するとか、とんでもおこがましいってやつだよな。
 思い出すと背中がヒヤリとする。
 頭を冷やしてよーく考えると、俺は、工藤に三千万の借金がある身なわけで、月々の給料から差し引かれてるっていうけど、明細みたら一千万になってる。
 しかも給料やボーナスなんか、全然普通以上だし。
 まあ、あの会社で給料とかに文句を言ってる人いないから、みんなそうなのかもだけどな。
 五年で二千万返したことになってるって、どういう計算だよ。
 工藤は俺の会社を見くびるなよとか言うけど、住宅ローンだって、三千万なんて、俺みたい庶民、三十五年ローンとかじゃないと無理だぞ。
 身を粉にして働けってことなら、それはいいとして、最低でもあと五年は何でも屋でやらなくちゃだろ。
 もしかさ、工藤が恋人とか、結婚とか、ちゃんとした誰かとどうかなったとして、俺、あの会社で、工藤の部屋の隣の『社宅』で、いくら何でも暮らしていけるかよ。
 俺もアラサーだし、いい加減、ちゃんとしないと、ダメだろう。
 何となく、勝手に佐々木の土地を買ってしまった沢村を怒ったという佐々木の思いもわからないでもない。
 もし仮に、沢村が心変わりしたとか新しい恋人ができたとかした時、気まずいなんてもんじゃないよな。
 かなり高額な土地で、しかももし家なんか建てたりした日には、面倒だよな。
 そりゃ、そん時はそん時、なんだろうけど。
 まあ、あの二人には末永くうまくいってもらいたいんだけどさ。
 俺のことだよ。
 いつまでも、工藤の恩情に甘えて楽な境遇に胡坐をかいていると、足元をすくわれるってことだ。
 もっとちゃんとしないと、俺。
 手にしていた一杯を飲み干すと、良太はバーを出た。
 雨はしとしとと降り続いていた。
「もう、梅雨になっちゃうのかなあ」
 ガチャ、とドアを開けると、二匹の猫がナアアアアアンとなきながら良太を出迎えてすりすりする。
「わりぃわりぃ、遅くなってごめんなー」
 どんなに落ち込んでても、この小さな二つのぬくもりが冷えた心を温めてくれる。
「だなあ、お前らのためにも、俺、がんばんないと」
 良太はブツブツいいながら、二つの皿にウエットフードを分けて猫のテーブルに置いた。
 この高さのある猫のテーブルは最近ネットで買ったものだが、二つとも食べやすそうでいい買い物だった。
 少し濡れたスーツをハンガーにかけると、風呂に湯を張っているうちに能登行の用意をしながら、良太はふとネクタイに目を向けた。
 それは良太がプラグインの藤堂によいしょされていい気になってCM撮影に臨んだイタリアからの帰り、工藤が自分のものと一緒に買ってくれたタイだった。
 片付けようと思いながら、タイを握ったまましばらく突っ立っていた。
 視界がぼやけてきたのは知らず知らずのうちに流れた涙のせいだった。
「やっぱ、俺、行くっていえばよかったかな……京都……」
 顔を上げると、Tシャツにパンツ一丁でタイを握りしめたまま涙をこぼしている滑稽な自分が鏡に映っていて、良太は苦笑した。
「カッコワリィ、俺………」
 やっと我に返った良太は、手の甲でゴシゴシ目を擦ると、タイを片付けて風呂に向かった。

 


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