風そよぐ29

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「間違いで受かっちゃったとか言われると、一生懸命勉強してM大に入った時、飛び上がって喜んだ俺が可哀そうな気がするな~」
 宇都宮がぼそっと言った。
「トシちゃん、M大だっけ? イケメンでタッパあって性格よくてM大なんて、欲張り過ぎじゃない?」
 ひとみは宇都宮にちょっと睨みを入れると、また日本酒をカパカパ自分のグラスに注いだ。
「あ、そうそう、俺も高校でも野球部だったんだ」
「あ、そうでしたね!」
 良太は笑って宇都宮を見た。
「まあ、大学では全然ぱっとしなくて、途中から演劇の方に目が行っちゃったけどね」
「それは同じくです。ちょっとでも時間ができたら、高校時代のダチとか沢村とかと、草野球やろうって話してるんですけどね」
 それを聞いた宇都宮が、「それちょっとずるくない? 沢村ってあの沢村でしょ? 俺も混ざりたい!」と主張した。
「だってまだ具体的な話ってわけじゃないですよ? でも、人数はまだまだ足りないから、一緒にやりましょうよ」
「てことは、やっぱ、良太ちゃん、ここに越してくるってのが現実味を帯びてきたなあ」
 宇都宮がにっこり笑う。
「ええ? そうですかあ?」
 また須永とああだこうだ言い合いをはじめた良太を完全に酔っぱらってるわ、とひとみは見やった。
「うーん、でもさ、この子、T大受かっちゃってとか言ってるけど、要は何でもやらせれば、きっちりできるってことなのよね。何、考えちゃってるのか」
 ひとみは宇都宮にぼそっと言った。
「でもさあ、良太ちゃんなんて、そこそこ可愛いし、それこそT大卒をくっつければ、いくらでも売り出せるよねぇ、それこそ、高広の手腕をもってすればさ。だってさ、プラグインのあの河崎と藤堂二人が目をつけて、坂口さんなんかもいいセンいってるって太鼓判押してんのよ? 本谷なんかよりずっと前にさ」
 納得いかないといった顔のひとみに、宇都宮は頷いた。
「ふーん、そうだねぇ。良太ちゃんだったら、何かやらせてみたら、大化けすると思うけどね、俺も」
 宇都宮はまだ何か言いたそうな顔をして、良太を見つめた。

 目を覚ましたのは明け方だった。
 カーテンの隙間から陽ざしが落ちていた。
「あれ……ここ、どこ、だっけ?」
 良太は高い天井を見上げて口にした。
 それからガバッと身体を起こした。
 見知らぬ部屋の大きなベッド。
 ようやく頭の中も目覚め始めて、ひょっとしたら宇都宮の家なのか、と思いを巡らせた。
 傍らのラックには上着がきちんとハンガーにかかっている。
「あちゃあ、また、俺、夕べのまま寝ちまったってこと?」
 しかもまたベッドに運ばれてるし。
 慌てて上着のポケットから携帯を取り出すと、時刻は朝の五時をまわったところだった。
 右手のドアを開けるとバスルームになっている。
「すげ、部屋にバスルームつき」
 トイレを使い、顔を洗うと、良太は上着を持って、部屋のドアだろうノブをそっと回した。
 廊下の向こうにリビングが見えた。
 リビングではひとみと須永がソファとカウチにそれぞれ眠っていて、毛布をかぶっている。
 昨夜一面の夜景になっていた大きな窓にはカーテンが引いてあって、二人は起きる気配がない。
 起こすわけにも行かないが、勝手に帰るわけにも行かないし、どうしようかと思案していると、ポンと後ろから肩を叩かれた。
「…うつ……」
 宇都宮が唇に指を立てて、しっ、と遮ったので、良太も口を噤む。
「早いね、酔いはさめちゃった?」
「はあ、もう、俺、夕べすんげく飲んだみたいで、それで、俺、何かやたら管巻いてませんでした?」
 小声でこそこそと二人は言い合いながら、宇都宮がおいでというので良太がついていくとキッチンでお湯が沸いていた。
「コーヒー、飲むよね?」
「あ、はい」
「二人は寝かせておこう。今日もオフみたいだから」
「宇都宮さんは?」
「俺は午後も遅いから平気」
 広いキッチンには端の方にちょっとしたテーブルと椅子が二客置いてある。
「どうぞ」
 宇都宮は手なれたようすでコーヒーを入れると、二つのマグカップに注ぎ分け、テーブルに置いて、良太を椅子に促した。
「ありがとうございます」
 広いからだろうか、静かすぎる空間。
 外の暑さも寒さもこの部屋には関係なさそうだ。
「ここ、宇都宮さん一人で住んでるんですか?」
「そう、もうだだっ広いばっかでさ、いや、デザインしたのって、仕事で知り合った建築家でさ、俺がマンション買おうと思ってるって言ったら、ぜひデザインやらせてほしいって言われて、そしたらこれ。ニューヨーク在住の人だからさ、こんなんなっちゃったわけよ」
 宇都宮はただのイケメンではない、人を飽きさせない語り口といい、どちらかというと面白い人だ、と良太は思う。
「二年くらい住んでるんだけどね、もう、できた当時のほとんどまんま。広いのはいいんだよ、だけど、物なさすぎってくらいで」
「俺なんて、十六畳くらいの部屋ですけど、それでも猫いなかったら広いって思いますよ。ほんと、誰か、一緒に住む人探した方がいいんじゃないですか?」
「あれ、良太ちゃん、ここに越してくるっていったよね? 夕べ」
「え? 俺、そんなこと、言いましたっけ?」
 良太はぎょっとした。
 また、酔ってバカなことを言ったんだろうかと。

 


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