風そよぐ28

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「そういう時ってあるよ、アラサーって悩む時だよね~」
 須永がうんうんと頷きながら言った。
「そうだねぇ、俺も、売れない時、何でこんなことやってるんだって思ったもんな」
 宇都宮も同調するが、「あら、トシちゃんなんか、結構、かなり右往左往しないで頂点上り詰めた口じゃない?」とひとみが突っかかる。
「しかも、頂点のまま今に至るって何?」
「ひどいな、俺だってそれなりに努力はしてるし、叩かれたりよいしょされたり、まあ、イチイチ気にしてたらやってらんないけどね~」
 宇都宮もにわかに反論する。
「でもほら、皆さんは、それぞれに、これって仕事を極めようとしているわけで、俺の場合、運転手でもパシリでもなんでもやってるし、そりゃなんでもやらざるを得ないけど、俺ってなんだろうなって、時々」
 こうして口にすると、良太は、余計に何なんだろう、と思えてくる。
「あら、だって、高広の後継ぐって息巻いてたじゃない、良太ちゃん」
 日本酒をとぽとぽとグラスに注ぎながら、ひとみが言った。
「アハハ、それって、今思うと恥ずかしいです。後継ぐとか身の程知らずっつうか、ろくな仕事もやったことないのに、何言っちゃってんだろうって」
「あのね、何をもってろくな仕事って言いたいのか知らないけど……」
「俺、父母妹に、俺はこういう仕事をしてるんだぞって、言えないんです」
 ひとみの言葉を遮って良太は言った。
「そもそも、これって、仕事って言えるのかなって。あちこちでちょっとずつ手伝って、みんなの手の及ばないとこ補ってとか、何でも屋っていえば体裁よく聞こえるかもだけど」
 良太は自嘲する。
「いや単に、周りがそういういろんな才能が溢れてるから羨ましいだけかも。俳優さんたち、若い竹野さんも毒を吐くだけのことがあるっていうか、今回圧倒されましたもん。本谷さんも、出るたびに輝きが増してるって感じで」
「本谷ねぇ、ほんと、今回、見てて、ハッとするような風情を見せたりしてたわ」
 ひとみの何気ないその言葉は、良太の胸にもろに突き刺さった。
「あの子、そろそろ輝きだしたわね」
「確かに、彼、いきなり脱皮するかもね」
 そうそう、と宇都宮も同意する。
「彼、面白いなと思ってみてたんだよ。セリフなんかやってるうちにうまくなるもんだけど、たたずまいだけはね、天性のものってあるかもね~」
 それは良太も本谷の演技を見ていて最近それを感じていた。
 竹野にがーがー言われた時は、しゅんとなっていた本谷だが、打たれ強いというのか、そういうことをばねに成長できるタイプなんだろう。 
 でも、それ以上に、本谷にそういう資質があるだろうことは、良太でさえわかるのだから、当然工藤にはわかっているに違いない。
 そして工藤はそういう人間を伸ばしてやろうと考えないはずはないのだ。
「でも俺なんか、広瀬さん、羨ましいっすよ。T大出てるし、青山プロダクションに入って、あの工藤さんの元で仕事できるとか」
 口を挟んだのはもうかなりできあがっている須永だった。
「俺なんて三流大出て、やっと入った二流会社がブラックで、一年で辞めたもんだから、再就職なんかなかなかできなくて、田舎の親には仕事ないんなら帰ってきて店手伝えって言われるし、うち栃木で電気屋やってんすけどね、で、もうこれは帰るっきゃないか、と思ってた矢先、大学ン時のダチが、きっついだけの仕事だけどやるかって声かけてくれて、それが東洋プロって大手の芸能プロダクションだったから、こりゃ無理だと思ってたらすぐ仕事にかかれって」
 真っ赤な顔で須永が続けた。
「俺なんか右も左もわからない業界で、しかも、大女優のひとみさんのマネージャーでしょ? 最初なんか狐につままれたみたいに、はいはいって動いてて、そしたらしばらくして、同僚のマネージャーから、ひとみさん、マネージャーすぐ辞めさせるから続かなくて、俺の前のマネージャーって、ひとみさんと大喧嘩して辞めたとかって、俺、ひええええって震え上がりましたもん」
「今頃何言ってんのよ、辞めさせてたら、今、あなたここにいないわよ」
 黙って聞いていたひとみが文句を言う。
「ハハ、そうなんすよね、結局ひとみさん、独立して個人事務所開いた時、俺も連れてきてもらって」
「何か、俺と似たような展開じゃないですか、お互い気づいたらこういう仕事してましたって」
 良太もワインの次に日本酒なんかをゴクゴク飲んだものだから、いい加減酔いが回り始めていた。
「学校なんか関係ないですよ、第一、俺、もうずーっと野球しかやってこなかったんで、ろくなもんになれないのは、自業自得ってやつです、はい!」
「でもさ、確かに学歴とか関係ないっていうけどさ、T大出たんだよね? それって、ちょっとやそっとじゃ無理っしょ、結構勉強しないと」
 突っ込みを入れながら、宇都宮は良太のグラスに日本酒を注ぐ。
「まあ、うちは私立とか入る余裕はなかったし、野球バカだったし、現役の時、国公立受けてダメでもう工場で仕事するって言ったら、オヤジが、今時大学くらい出ておけよって、じゃあ、一年頑張って受からなきゃ終わりってことで、浪人してた時が一番、勉強したかな。うちから通えそうな国公立いくつか受けて、何の間違いか受かっちゃったってくらいで」
 当時を思い出して、あの頃はほんと真面目にやったよな、と良太は苦笑いする。


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