風そよぐ37

back  next  top  Novels


 良太はタクシーで高雄へ向かっていた。
 しばらく走り、中川トンネルを抜けたあたりでロケが行われているはずだった。
 北山地方は古くから林業を生業として受け継がれ、夏でもひんやりとした空間と清滝川など谷を流れる水といい、杉を育てるのに適しており、北山杉は室町時代の頃よりは茶の湯の文化とともに茶室などの数寄屋建築にも用いられたとされる。
 また神護寺、西明寺、高山寺、それに平岡八幡宮など、神社仏閣は国宝級だ。
 北山地方や北山杉についてはもっと調べたかったものの、結局時間がなく、新幹線の中でネットの知識を拝借した程度だ。
 京都の中心部から約一時間ほど、北山杉の里は閑として良太の知る世界とはまるで異質の空間がそこにあった。
 仕事とはいえ、こういうところに巷の人間が大挙して訪れること自体、空気を汚しているような思いがする。 
「あ、良太ちゃんだ!」
 既に大学生でもあるのだが、未だに無邪気さが残る南澤奈々は、『大いなる旅人』シリーズでは天真爛漫な女子というそのままの笑顔でタクシーから降りた良太を見つけて大きく手を振った。
 今日は間がいいらしく、こちらも休憩時間のようで、谷川や志村も奈々の声に振り返るのが見えた。
「何かすっごい久しぶりな気がする」
「うーん、三週間ぶりくらい?」
「ねえ、何か良太ちゃん、お仕事きつすぎない? 頬がこけちゃってるよ?」
 いきなり指摘されて良太は苦笑した。
「まあ、蒸し暑くなってきたしね~。でもやっぱ、こっちは涼しいね。上着着ててもひんやりする」
「そうなのよ。暑いの苦手だから、助かるんだけどね」
 そんな言葉を交わしながら志村たちのところまで行くと、「何か、疲労困憊って感じだな」と志村にまで言われた。
「いや、俺だけじゃないっすから」
 早朝ロケが当然のようになったとか、声を上げると山々の間を余韻が走るだとか、撮影のあれこれをかいつまんで話してくれたが、志村も谷川もここ数週間、どっぷりと北山杉の中に埋没しているという感じらしい。
「小杉さんは?」
「ああ、工藤さんと監督とスケジュールのことで」
 すると、工藤と小杉がこちらにやってくるのがみえた。
「お疲れ様です」
 良太が声をかけると、「お、久しぶりだね、良太ちゃん」と小杉さんも笑った。
「烏丸の方も寄ってきたのか?」
 いつも通りの工藤の声に、「はい、街中は蒸し暑いですね」と良太はいつものように答えられたことにほっとした。
「撮影はどうだ?」
「順調のようですよ。山根さんと久保田さん、また面白いシチュエーションを考えてマンネリ防止するとかって」
「本谷はどうだ?」
 俺に聞くのかよ、とほんの一瞬躊躇したものの、「いい感じみたいです」と良太は応える。
「ひとみさんも、『田園』の時よりずっとよくなってるって」
「うーん、今回あいつがキーマンになってるからな。『田園』と比べていては話にならない」
 確かに、とそれは良太も頷くところだ。
 流も心配していたが、本谷の出来如何でドラマの仕上がりが左右されかねない。
 ううう、あの時千雪さんと二人、疲労困憊で、つい、テレビを指さしてその時出てきた人に決めたなんて、とても口が裂けても言えないぞ。
 千雪さんにも口止めしておかなけりゃ。
「来週は東京でもロケだったな。雰囲気だけじゃドラマは成り立たないんだ。科白の方ももう少しマシにやってもらわないと」
「はい、彼なりに努力してるようですが」
 出番がない時は奥の方で科白をブツブツと口にしているところもよく目にしていた。
 これ、成功すればほんとに本谷も一皮むけるに違いないが、失敗するとドラマ全体にかかわってくる。
「努力だけじゃない、体当たりでやれって言っておけ」
「あ、はい………」
 ヤバ……、本谷さんのデキも俺次第とか言わないでくれよ。
 これはグチグチ、本谷さんがどうのと言ってる場合じゃないじゃんね。
 今日戻ったら、ちょっと本谷さん捕まえて、もし捕まらなかったら、明日、西宮行く前に一回ちょっと話さないと。
「今夜はホテル戻るだけだろ、飯でも食うか」
 良太が頭の中で何だかだと思い巡らせていると、工藤が言った。
「え……、今夜、ですか?」
 あ、アスカさん………。
「今夜、アスカさんが、用があるから七時に戻って来いって言われてて」
 すると工藤は苦笑いして、「そうか」とだけ言うと、良太に背を向けて監督の方に歩いて行ってしまった。
 何だか、工藤も相当疲れてるっぽいし。
 後ろ姿が黄昏てないか?
 しっかし、何でこうなるんだよ!
 湯豆腐の美味い店とか確かあったぞ。
 せっかく、喧嘩腰にもならないで話せたっていうのに。
 はあ、と良太は思わず大きくため息をついた。
「良太ちゃん、どうしたの? 工藤さんに叱られた?」
 奈々が心配して良太の顔を覗き込んだ。
「いや、ちょっとね」
「奈々が工藤さんに言ってあげようか? 良太ちゃんすごい疲れてるから、あんまりきつくしないでって」
 これは笑うしかないかもしれない。
 何かもう、こうやって段々、遠のいていくんだ。
 元々、それこそ何も土台のない関係なんだから、しょうがないよな。

 


back  next  top  Novels