風そよぐ47

back  next  top  Novels


 でも、ひょっとして良太は、やはり工藤のことを信じ切れずにいるんだろう。
 だから何も言わずに自分が逃げようとしているのではないかと。
 逃げたとしても思いが消えるものではないのに。
 何となく千雪は、良太の心がわかるような気がした。
 その時、アスカがまた入り口を見て、あ、と声を上げた。
 その表情からあまり歓迎しないものを感じて、千雪は振り返った。
 入ってこようとしている男を認めて、千雪は立ち上がった。
「ほな、俺そろそろ、帰るわ、仕事あるし」
「あら、もう行っちゃうの?」
 ひとみが言った。
「たまには実家にも風とおさんとあかんし」
 千雪は帰り際、「ほな、頑張ってや」と本谷に声をかけると、そそくさと部屋を出た。
「何で来たんや、京助」
「俺も混じろうと思ったのに、帰るのか?」
「やから、面倒おこさすな! アホ」
 念のために、アスカの計画のことは京助にも話しておいた。
 この男は、工藤が絡むと未だに面白くないらしい。
「帰るで」
 千雪は京助がアスカの計画をダメにする前に店から連れ出した。
「お前が首突っ込まなきゃならないことでもないだろう」
 京助は駐車場に停めていた車のロックを外した。
「首突っ込むいうほど突っ込んではないけど、良太のことは放っとおけんしな」
 ナビシートに乗り込んだ千雪は、そういうと少し考え込んだ。
「とにかく、腹が減った。どっかで何か食って帰ろうぜ」
 エンジンをかけると、「せっかく来たんだ、明日は比叡山の方まで行ってみるか」と言いながら京助はハンドルを切った。
 千雪が帰ると、工藤は千雪のいた席に来て座った。
「とりあえず、京都の収録は終わったが、明後日はまた早朝ロケだ。アスカ、気を緩めるなよ」
 怒涛のようにやってきた千雪がまた怒涛のように帰ったかと思ったら、工藤が隣にきたことで、本谷はまた固くなっていた。
 ひとみはそれが手に取るようにわかって、本谷が可哀そうでしかたなかった。
 それもこれも、高広が思わせぶりな態度をとるからじゃない!
 斜め向かいから工藤を睨み付けるものの、工藤の方は全く頓着していない。
「あ、あの、びっくりしました。小林先生がまるで別人で、あんな、綺麗な方だったなんて」
 本谷は俯きがちにそんなことを言った。
「ああ、まあな、人にはそれぞれ、何だかだと厄介を抱えているもんだ。まあ、千雪は極端だが、そっとしておいてやってくれ」
 アスカは工藤が千雪に対しては、かなり保護者的な態度になるのがわかっていた。
 以前、良太がそうだったように、千雪を守ろうとするかのような工藤の言い方は、誤解を招きかねない。
 本谷の場合そっちへミスリードされてくれれば、この計画も概ね成功なのだ。
 だって、可哀そうだけどさ本谷、しょうがないじゃない。
「工藤さんはまだ京都に?」
 本谷が聞いた。
「ああ、俺も明日の夜には東京に戻る。おい、ひとみ、いい加減なところで切り上げろよ」
 そういうと、工藤はまた山根らのテーブルに戻り、撮影の打ち合わせを始めた。
「ったくもう、呆れるほど仕事人間なんだから」
 ひとみは工藤の背中を睨み付けながらボソリと言って、グラスに残っていたワインを飲み干した。
 チラリと目が合ったひとみが、何か言いたそうな顔をしているのに、工藤もようやく気が付いた。
 おそらくひとみだけでなくアスカも、暗に良太のことを何とかしろとでも言いたいのだろうが。
 打ち合わせをしながらも、実は工藤の意識は良太に行っていた。
 ここに来る前にも、良太に電話をしたが、相変わらず業務連絡ですという態度で、取り付く島もない。
 第一、電話口で、ああでもないこうでもないと言い連ねたところで埒も開かないのだ。
 ひとみに言われなくても、本音を言えば良太を手放したくはない。
 だが、自分の執着が良太の行くべき道を曲げてしまうのではないか。
 やはりそんなことを考えないではないのだ。
 ガキのイロコイなら、何も考えずに突っ走ろうがいいさ。
 フン、年を取れば、昔は突っ走ったこともできなくなるんだ。
 だが、宇都宮のことはどうにも許せないものがあった。
 良太が宇都宮を選ぶというのなら、致し方ないかも知れないが。
 明日東京に戻るとしても、高雄の明日の撮影は安倍晴明が現れる重要なシーンでもあり、撮影が終わるまで俺が離れるわけにも行かないだろう。
 晴明の生まれ変わりというその役を依頼したのは能楽師の檜山匠だ。
 幼い頃から天才と言われながら主流から離れて一人新たな世界を造ろうとしている若手である。
 この映画の核ともなる晴明の登場を見極める必要があり、スケジュールさえ何とかなれば、良太にも見せておきたいところだったのだが。
 このところ互いに忙しすぎて、仕事上の話さえできない状況だ。
 少し、話をしなければな。
 
 
 
 
 ある意味工藤よりずっと手厳しい秋山が容赦なくお開きにしますと宣言し、川床料理の店を出ると、ひとみと須永を先にタクシーに乗せ、本谷とアスカを後部座席に促して、秋山はタクシーの助手席に乗り込んでホテルまで送っていった。
 工藤は山根や久保田とまだ話があるようで、山根が最近見つけたというお気に入りの店へと三人は向かったらしい。
「向こうの映画もかなり難ありらしいのに、工藤さんが高雄から降りてきたのは千雪さんが顔を見せたということもありますが、やはり本谷くんのことが気になるんでしょうね」
 エレベーターに乗り、本谷が先の階で降りると、アスカと二人きりになった秋山がそんなことを言った。
「気になるって、何がよ」
 工藤と本谷と良太のことばかりここのところ考えていたアスカは、つい、そんな言い方になった。

 


back  next  top  Novels