上着を脱いで手に抱え、シャツは腕まくりしているが、この夏最高にじっとりと湿度が高い。
作業中に食べたピザが何だか胃に重い。
夏バテに疲労、いろいろ重なっていそうだ。
部屋のアコンは二十八度に設定しているが、それでも猫には寒すぎる時もあるらしく、猫ベッドで二つダンゴになっていることもある。
帰るなり、わらわらと猫たちが駆け寄ってきて、しばし癒しのひと時だ。
「うう、お前らのお陰で俺は何とかやれてるんだ~」
二つの猫を交互に撫でてやると、まずごはんと水だ。
それからトイレをきれいにしてやって、ようやく良太はシャワーを浴びにいった。
「撮影日は決まったし。いい絵が撮れればいいんだけど」
コックを止めてから、良太は独り言ちた。
下柳が作業をしているスタジオで、良太は児童劇団に連絡を取り、藤堂や佐々木、スタッフとスケジュールが合う日を決めて、またそれぞれに連絡を入れた。
「月曜日、朝十時、児童劇団の前の公園です。午後か翌日から雨みたいで、何とかお天気ももってくれるといいんですが」
前回もそうだったが、藤堂は児童劇団に出向く時は必ず、サンタのようにお菓子をたくさん入れた袋を持参する。
袋だと何が出てくるかわからないのが、子供たちの興味をそそるようだ。
「藤堂さんて、ほんと、面白い人だよな」
藤堂、佐々木との仕事は何だか楽しい。
東洋商事の仕事も気は抜けないが、きっといいものになるような気がしている。
七月に入ればまたこのメンバーでアディノのCM撮影だ。
良太は一応、沢村に押し付けられた代理人という立場なのだが、立ち会えるのはこちらはこちらで別の楽しみがある。
アスリートの撮影というのは初めてだった。
例え被写体が沢村でも、やはり何か期待感が否めない。
そんなことを考えながら、冷蔵庫から出した缶ビールのプルトップを開けた時、携帯が鳴った。
誰だろうと思いながら、テーブルの上の携帯を取ると、宇都宮の名前が出ている。
「お疲れ様です。何か、ありましたか?」
良太が何かトラブルでもあったのかと気色ばんで出ると、電話の向こうで宇都宮が笑った。
「いや、何事もなく順調だから。明日の夜って、あいてる?」
「は?」
いきなり聞かれて、良太は頭の中でスケジュールを思い浮かべた。
「いや特にはないですけど」
明日の土曜日は久々何も仕事は入っておらず、一応会社も休日ということにはなっているが、保留にしているデスクワークをやってしまおうと思っていた。
「じゃ、飲みに行かない? 俺、ちょっとオフもらったからさ」
「え………」
飲みに誘われてるだけだとは思うのだが、先日アスカに脅されたことが頭をよぎり、どうしたものかと良太は迷う。
だが、確かに怪しげ、と思わないでもない時もあったのだが、だからといって宇都宮が自分をそんな目で見ているというのが、どうにも考えづらい。
けれども、もし仮にそういう意図をもって良太に近づいてきているとしたら、ここでホイホイいいですよ、と言ってしまっていいものかとも思ってしまう。
「何かあるんなら無理にとは言わないよ」
「あ、ああ、何か土曜日は親が電話くれることがあって、最近、話してないから」
「そうなんだ、じゃあ、日を改めた方がいいかな」
「あ、いえ、大丈夫ですけど、明後日早朝ロケがあるんで」
「じゃあ、シンデレラは十一時にお返しすることにしよう」
良太は笑った。
八時に西麻布のペパミントという店で待ち合わせることにした。
西麻布なら会社に近いでしょ、という配慮にも、おかしな疑いをかけて申し訳ない気がした。
新幹線の中では、これまでも結構一緒にいたのに、何をそんなに話すことがあるのかと思うほど、ひとみとアスカは東京に着くまで喋っていた。
秋山とひとみのマネージャー須永は二人の後ろの席で、正直仮眠を取りたかったのはやまやまだが、声を落としているとはいえ、何かしゃべっているというくらいには耳障りで、眠りは浅くなった。
彼らが乗ったグリーン車両にはたまたま乗客も近くにはおらず、秋山は途中からタブレットを取り出して、スケジュールの確認や今日撮影が行われている高雄で初出演する能楽師のことなどを調べるついでに、ネットに上がっている宇都宮の情報も仕入れていた。
京都の新幹線のホームで、アスカがちょっと気になることを言ったのだ。
「今日はタクシーで帰りますからね。良太は今日は休みのはずだし、わざわざ良太に来てもらうほどでもないですからね」
「良太、じゃ、今日は部屋にいるのかしら」
「さっきちょっと電話を入れたら、デスクワークが残っていると言って、オフィスにいるようですよ。打ち合わせておきたいことがあるので私は後でオフィスに寄ってみます」
「あ、そうだ、これ言っといたほうがいいかも。宇都宮さん、なんか、良太に接近中みたい」
意外な言葉に、秋山はアスカを振り返った。
「宇都宮さんが?」
「多分、そうだろうって、ひとみさんが」
今度は少し離れて座っているサングラスのひとみを秋山は見やった。
それは秋山にとっても思いがけない情報だった。
確かに、『田園』では最初から良太と顔を合わせていたし、スタジオではひとみと宇都宮とそれに良太と一緒に和気あいあいと話しているところも垣間見た。
彼は確か、若い女優と破局になったばかりじゃなかったか。
さすがに宇都宮のそういう情報は知らなかった。
あの人、相手は良太みたいなのでもOKなのか。
まあ、良太は、男たちに狙われることが今までにも何度かあったが、それはたまたまだと思っていた。
ただ、良太が狙われやすいタイプなのかと、ゲイの友達にも聞いてみたことはあるが。
「そうね、可愛い健気そうな子って可愛がってやりたいって人もいるかもだけど、ま、蓼食う虫も好き好きよ」
それに尽きるのかもしれないが、今度は宇都宮か?
秋山は画面いっぱいに、見るからに女好きそうな、女受けするイケメン俳優の顔を映し出して、うーん、と唸った。
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