東京駅に着いたのは三時近かった。
秋山はタクシーでアスカをマンションで降ろし、タクシーを待たせておいて、アスカの荷物を持って部屋まで送り届けると、乃木坂に向かった。
「秋山さん、お帰りなさい、お疲れ様です」
良太は自分のデスク周りだけ明かりをつけて、オフィスでパソコンに向かっていた。
「今日は休みじゃないのか。良太まで工藤さんのマネをすることないぞ」
「残っていた書類だけ、ちょっとやってただけですよ。今日は朝はぐうたらしてました。秋山さんこそ、ほとんどオフないんじゃないですか? 今日は移動だし」
良太はサーバーから入れたコーヒーを自分の分と秋山の分と持ってきて、カップを一つ秋山に渡した。
「まあでも、新幹線だから少しは休めるかと思ったんだけど、お嬢さんたちのおしゃべりで、隣の須永くんもうつらうつらしか寝られなかったみたいだよ」
「ひとみさんとアスカさん、ここんとこずっとドラマ共演続きですもんね」
「そうだよ、だからこそ、よくそんなに話があるなと思うわけさ」
良太は笑った。
「あ、スケジュールの確認でしたね、七月の。どうぞ」
良太は自分のパソコン画面に映し出されている青山プロダクション全体のスケジュール表を秋山に見せた。
「プリントアウトしますか?」
「ああいや、いい。必要なとこチェックしたから。良太、七月もかなりタイトだねぇ。ちゃんと夏休みはもらいなよ」
モニターから顔を上げて秋山が言った。
「うまく何日か取れればとは思ってるんですが」
「どこか行くのか?」
「いやあ、熱海の親のところに行くくらいですかね。秋山さんは?」
「俺は飛び飛びでもいいんで、まったくオフって日があれば部屋でグータラしてるよ」
苦笑する秋山を見て、良太は、この人ってプライベート謎な人だよな、と思う。
元エリート商社マンで、何かの濡れ衣を着せられて、濡れ衣とわかった時には婚約も解消になったと聞いているが、その後、彼女はいるのかすらわからない。
いや、いないか。
だって、もうアスカさんべったりだし、無理だよな、彼女作るのとか。
谷川さんは元刑事で、身内がヤクザと結婚したせいで刑事でいられなくなって、離婚もしたとかいう話だし、秋山さんといい、世の中に辛酸をなめさせられたせいでどうも人を信じられなくなっているらしい。
俺も、工藤に会わなければ、もっと悲惨な人生送ってたかもな。
「俺もさ、犬か猫でも飼おうかと思ったりするんだけど、留守がちだしね。良太みたいに、面倒見てくれる人がすぐそばにいればいいけど」
「ああ、そうですねぇ」
引っ越しするとなったら、やはりネックは猫たちだ。
ペットシッターにお願いするとしても、しょっちゅう頼んでなくちゃいけないかもしれない。
それもメンドイよな。
「やっぱ、にゃんこたちのことを考えると、引っ越しとか難しいよな」
「え、何、良太、引っ越すのか?」
うっかり口に出してしまってから良太は、いけね、と思ったがもう遅い。
「いや、何ていうか、その………、俺もこの会社に入ってもう四年経ちますし、いつまでも工藤さんの恩情に頼って、ほとんど家賃ただの部屋に住まわせてもらってるのも………とか」
「は、何言ってるの、良太がここに住んでいるからこそ、みんな良太を頼りにできるんじゃないか。それにさ、工藤さんの恩情っていったら、俺らみんなってことになるぞ? 良太もわかってると思うけど、給料は破格だし、休みを取りたいっていえばスケジュールさえ合えば取らせてくれるし、そんじょそこいらのブラックとは違うだろう?」
良太はハハ……と笑う。
「何か、みんな率先して自分でブラックみたいなことになってますもんね」
どうやらアスカの話の通り、良太は本気で引っ越しを考えていたらしいと、秋山は少し眉を顰める。
「工藤さんは、いつ戻るって?」
秋山に聞かれて良太はちょっと言葉に詰まった。
「えっと、今日は高雄の撮影だから明日じゃないですか? 早くても」
「明日早朝ロケだったよな。本谷くん、少しずつ良くなってきてるんだが、工藤さんも気にしているみたいだし、案外早く帰ってくるかもな」
わざと口にして秋山は良太の反応をみたのだが、案の定、良太は自分では気づかないまま、つらそうな顔をした。
ああ、これは。
全く、工藤さんも良太も意思の疎通ができてないらしい。
本谷は仕事上、今、結構重要なポジションにいるから、良太もそれを考慮しているってこともあるんだろうけど、やはり思い込んで意固地になってるんだろう。
工藤さんもほんと、いざとならないとモノを言わない人だから誤解もされるんだ。
秋山はそんなことを考えながら、どうしたものかと良太を見つめた。
その時、良太の携帯が鳴った。
秋山は良太から離れたが、「宇都宮さん」という良太の声に、振り返った。
「あ、え? 食事ですか? はい、大丈夫ですけど」
宇都宮は思ったより時間が空いたから、食事をしてから飲みに行こうと言う。
「どこか、知らない? その近辺でよさそうなところ」
良太は西麻布で宇都宮を連れて行けるような店と考えて、以前、工藤が連れて行ってくれた割烹料理の『麻布住吉』を思い出した。
「へえ、何か渋い店知ってるね、じゃ、そこにしよう。何時にしようか?」
「七時くらいなら。じゃあ、ラインにその店の情報送りますね」
割烹料理といっても、テーブルとカウンターなので意外に入りやすいし、あれから沢村とも行ったことがある。
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