風そよぐ54

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「まあ、俺もお嬢様のお守りは結構性に合っているのかも」
 秋山はくすりと笑う。
 商社マンのままでいたとしても順当に出世できたとは限らない。
 それに逃げたフィアンセにしても上役の世話で決まった取締役の娘で、何もなければ彼女がどんな人間かも知らないでいた。
 地元で代議士をしていた父親は大手商社に勤めている秋山を自慢にしていたが、その事件以来疎遠になり、秋山は実家のある松本にも帰ってはいないし、はっきり言ってもうどうでもよかった。
 地元の名士というのも、今では自分にとって煩わしいだけのものだし、結婚した弟が父親の地盤をついだようだ。
 濡れ衣だったとはいえ、警察沙汰に巻き込まれたような人間は秋山家の恥さらしと言い放った父親にもことあるごとに秋山家を振りかざしてきた母親にも、もう会いたいとも思っていない。
 枷を外された自分だけの人生は、存外悪くない。
 確かに、今の会社は何かあって入ってきたような者ばかりだが、そんじょそこいらのアットホームとは一味違う、いわば家族のようなものだ。
 高校大学とエリート街道を我関せずで歩いてきた。
 当時しか知らない者が人のためにこんなおせっかいを焼く秋山を見たら驚くだろう。
「おや、出てきたぞ」
 宇都宮と良太が店を出て歩き始めたので、秋山も車を降りて二人の後を数メートルあけて歩いていく。
 二人は和やかに話しているようで、時折良太が宇都宮を見上げて笑顔を向けている。
「何だかほんとに、馬に蹴られるケースなのか?」
 秋山は独り言ちて行きかう人を縫って、二人を見失わないように追った。
 やがて五分ほど歩いたと思うと、宇都宮が良太を促して左へ折れた。
 秋山は足を速めて二人が入った路地を窺った。
 するとペパミントという、ドアも鮮やかな色に塗られたバーへと二人は入っていった。
 店の名前は聞いたことがあった。
 芸能人やセレブが集うという店だ。
 秋山はしばらく店の外でようすを窺っていたが、おそらく店に落ち着いたのならしばらく出てこないだろうと、車を取りに戻ると、今度はバーを通り越して車を向かいのマンションの塀に横付けした。
「ここって、業界関係者多いですね」
 奥の席に宇都宮と二人通されて、良太は店内を見回した。
 さほど広くはないが、カウンターの後ろに二人用のテーブルが数組、あとは奥に四人掛けのテーブルが二つあった。
 モデルや駆け出しの俳優と業界人らしき男の組み合わせがちらほら見て取れる。
 中には宇都宮を知っている者もいて、ちょっと挨拶したりするが、邪魔をするようなことはない。
 スタッフも礼儀正しく、きびきびと動いている。
「そういえばそうだね。前来た時は、若い子ばっかだと思って、俺みたいなオッサン、場違いじゃないかってばっか気にしてたから」
 良太は笑った。
「ひょっとして、前の彼女さんと?」
「そう、俺、こんなおしゃれェな店、あんまし来ないから」
「え、そうなんですか?」
「俺、どっちかっていうと、昔気質なオヤジがやってる小料理屋とかの常連」
「意外」
「そうかあ? だって坂口さんとかとこんな店来てどうするの」
 良太は坂口と宇都宮がこのおしゃれなバーで顔を突き合わせているのを想像して吹き出しそうになった。
「や、でも大人の女性とかと行くんだったら、もっと落ち着いた会員制クラブとか?」
「おや、そういうとこのがよかった? 行く?」
 すぐにでも鞍替えしそうな宇都宮に、良太は慌てて首を振った。
「とんでもない、俺には似合いませんて」
「良太ちゃんはどんなとこ好きなの?」
「俺は、仕事で接待とかで行くくらいだし、そんな知りませんよ。ってか、普通ダチと行くんならやっぱ大衆居酒屋とかファミレスくらいだし」
 すると宇都宮は「ファミレスあんまし行ったことないんだよね。今度連れてってよ」などという。
「はあ………」
 人気アイドルじゃなくても宇都宮さんがファミレスとか行ったら大変だろう。
 良太は苦笑いでごまかすしかない。
「明日の早朝ロケってどこ?」
「それが道玄坂なんですよね。朝早いんですけど、ちょっと心配で」
 ふっと良太が口にすると、「心配って?」と宇都宮がすかさず聞いた。
「本谷くん、最近、CMでずっぱりだから、本谷くん目当てのファンの子がどこからか嗅ぎ付けて現れるんですよね。さすがに京都は少なかったけど、それでも何人かいましたし」
「ああ、なるほどね。彼のファンっていうと、若い子多そうだよね」
「小学生から中高生、多いんですよ。もちろん、妙齢の女性から実は年配の女性にも彼、こないだのドラマで人気上がっちゃって。でもそういうファンの人たちがあちこちから見てたりすると、本谷くん、どうも気が散るみたいで」
 良太ははあ、とため息をこぼしてグラスを取った。
「あ、美味しい。すごくさっぱりしてて」
 一口飲むと、良太はあとはゴクゴクと半分くらい飲んでしまった。
「モヒートね。ここのオリジナルのペパミントカクテルも美味しいって話だよ。次いってみる?」
「宇都宮さんは飲まないんですか?」
「オッサンはこれ」
 宇都宮がジャックダニエルズの入ったグラスを傾けると、氷の涼やかな音がした。
「まあねぇ、人気があがるってのはありがたいことなんだろうけど、正直、そういうファンの押しかけ行動みたいなのはやめてほしいって思うよな。特に彼、本谷くん、新進気鋭ってか、いきなり人気上がっちゃったみたいだから、どう対処していいかわからないんだろうね」
 グラスを空にすると宇都宮はスタッフを呼んでお代わりを頼み、良太にはペパミントカクテルを頼んだ。
「でも、良太ちゃんが気に病むことないんじゃないの?」
「まあ、確かに、当人の問題なんですけど、今回のドラマ、本谷くん結構メインキャラだからカットも多いし、その分科白もあるわけで、リテイク重なってしまって」
 昨日は何とかうまくいったようだが、またファンが押し寄せたりすると、本谷は気にして撮影に支障をきたさないとも限らない。

 


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