「ロケだと、あんまりポカやらかせないよね~。そうだよね、ドラマ全体のこと考えると気にしないわけにはいかないか、良太ちゃんとしては」
宇都宮はなるほど、と頷いた。
「俺が何できるってわけでもないんですけどね」
そこで良太ははたと気づいた。
「また、俺の相談ごとみたくなっちゃってますね。そういえば、宇都宮さん、前に相談とかおっしゃってたのって、どうにかなったんですか?」
ちょうど『田園』のプロモーションイベントの際、宇都宮に相談があるからと食事に誘われたのを良太は思い出した。
「ああ、あれはもうOKだから。それより、どう? 引っ越し、どうするか決めた?」
それは聞かれるかと思っていた良太だが、うーん、と口を開いた。
「やはり、今の段階では引っ越しは難しいかなって。もちょっと、余裕ができてからっていうか……」
「そっか、それは残念」
宇都宮は珍しく眉を顰めた。
「すみません」
「いや、良太ちゃんが謝ることはないよ。俺が勝手に良太ちゃんが来てくれたら楽しいかなとか、一人で妄想してただけ」
あ、でも、と宇都宮は続けた。
「今度良太ちゃんの部屋で冬に鍋するってのは、まだ有効だよね?」
「はあ………でも俺の部屋とか、宇都宮さんとこからするとメチャ狭いし」
「鍋囲む人数さえ入れればいいんじゃない?」
にっこり笑う宇都宮は悪びれない。
「まあ、そうっすね」
それから宇都宮が今撮影している映画の話や、監督が一日一回はスベることがわかっているダジャレを口にするんだとか、面白おかしく話して聞かせる。
あまりバラエティなどには出たりしないが、大物らしからぬラフな雰囲気とあいまってこういうところが根強い人気の要因なのかもしれない。
二杯目のカクテルを飲み終えた良太が、腕時計をみると、そろそろ十時半を過ぎようとしていた。
「おや、もうこんな時間か。なんとも短い逢瀬だねぇ」
良太は宇都宮の大袈裟な言い回しに笑った。
「じゃ、約束通り十一時に良太ちゃんの部屋に送り届けることにしよう」
「え、いや、いいですよ、ここから歩いてもそうかからないし」
良太は慌ててオーダーシートに手を伸ばしたが、宇都宮の方が早かった。
「ここは俺が誘ったんだからね」
たったか支払いを済ませてしまった宇都宮に、良太は「じゃあ、ごちそうさまでした」と礼を言う。
「そしたら酔い覚ましに歩いていこうよ」
ドアを開けると良太が外に出るのを待って、宇都宮は自分も外に出る。
奥のテーブルで良太は店内を背にしたように座っていたので気づかなかったのだが、その時ようやく、店内から宇都宮に注がれる主に女性陣からのうっとり視線を良太も感じ取った。
「やっぱり宇都宮さん、今の店でも注視されてたんじゃないですか?」
乃木坂方面へと歩きながら、良太は宇都宮を見上げた。
「ああ、もう、ね、気にしてたら食事も楽しめないし、プライベートの時はなるべく周りは見ないようにしてるからね」
それこそ注意して歩いていると、道行く人が振り返ったり、今の宇都宮俊治じゃない? かっこいい、などという声が聞こえてきたりする。
自分のことをオッサンなどというのだが、年齢より若く見えるし、やはり鈴木さんの言葉で言えば渋カッコいい宇都宮は、未だに人気俳優ベストスリーの中には必ずといっていいほど名前を連ねている。
「俺みたいな若輩者が僭越なんですけど、宇都宮さん、尾花沢さんよりはもちょっとまともな女性とならうまくいくんじゃないですか?」
くすくすと宇都宮は笑う。
「だよねぇ、でもさ、何ていうか、気持ちが先に相手にむいちゃうっていうか、そういうのってどうしようもないでしょ?」
「はあ、まあ、そうですね」
好きになるなんてそんなものだろう。
良太は自分の思いや、それに本谷の真剣な告白をつい思い出していた。
気がついたらそうなっていた、っていうやつだ。
二人が店から出てくるのを、車の中でうとうとしつつも待っていた秋山が、車で追い越したのはそんな時だった。
おそらく乃木坂に向かうらしいとふんだ秋山は先回りして会社の駐車場に車を停め、馴染みの警備員には、お疲れ様と声をかけて会社を出たふりをして、木立の後ろに隠れて二人を待った。
「まあ、良太が部屋に戻るまで、見届けるとしよう」
会社の周囲はあまり人通りもないし、男が一人木陰に潜んでいても気づくものはいないだろう。
秋山がしばらく携帯で再度スケジュールの確認などをしていると、二人がやってくる気配がした。
二人の様子からは相変わらず和やかな雰囲気しか感じられない。
「こんなところまで、ありがとうございました、宇都宮さん」
会社の前まで来ると、良太はぺこりと頭を下げた。
「良太ちゃんてさ」
「はい?」
ほろ酔い加減でニコニコしながら良太は宇都宮を見上げた。
「ほんと、可愛いよね」
宇都宮がふっと笑う。
「へ?」
良太の後ろにはちょうど大きな円筒形の支柱があった。
見事に素早い所作で宇都宮は良太を壁ドンならぬ柱ドンで両腕で挟み込んだ。
秋山もあっという間の状況を見守るしかなかった。
宇都宮の唇が良太のそれに触れるか触れないかのその時、酔った頭にも理性が戻ってきた良太は両手で宇都宮の胸を押し除けた。
「だめですよ」
今更ながらにアスカの言った、きっちりターゲットにされてるじゃない、という言葉が良太の脳裏に蘇る。
「どうして?」
振ってきた宇都宮の言葉は聞いたことのないくらい甘く、優しかった。
だから、嫌いにはなれない。
だけど………。
「俺………好きな……人が………」
そこまで口にすると、知らず涙が溢れてくる。
やっぱり、俺、好きなんだ………。
今まで我慢していたものが堰を切ったように零れ落ちる。
涙が止まらず、良太は顔を上げられないでいた。
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