本谷も居ても立っても居られなくて、来てしまったのだろう。
亜弓は急に現れた本谷が、頭を下げるのをまじまじと見つめた。
「今朝、俺、遅刻して、広瀬さんにタクシーからロケバスまで連れてってもらったりしてる時、ファンの人たちが押し寄せて、撮影中はおとなしく見てくれてたんだけど、終わったらまた一斉に動いて」
するとまたドアが開いた。
「ファン心理って、どうにも理解できねぇよな」
そう言いながら入ってきた沢村の後ろには佐々木がいた。
「こいつのファンでもこいつが悪いわけでもない、ましてや会社側でよその事務所のタレントのファンが暴動するとか、わかるわけないだろ」
沢村は亜弓に強い口調で言った。
「お前の声は昔から、うるさいんだよ」
「何で沢村がここにいるのよ!」
頭を下げにきた本谷をほうっておいて、亜弓も負けじと沢村にくってかかる。
「良太の容態を聞きに来たにきまってるだろ! 何で良太がケガしたって、会社に文句言ったところで始まらないんだよ!」
「何よ、えっらそうに!」
「何でってのは、お前の方がよく知ってるだろ! 事故りそうになったやつが目の前にいたら、あの良太がほっとくと思うか?」
身長差をものともせず沢村を睨み付ける亜弓と女性に対して容赦なく突っかかる沢村の間に、「ちょっと落ち着け、アホ」と入って沢村を窘めたのは佐々木だった。
「お嬢さん、良太ちゃんの妹さんなん?」
また新たに表れた美貌の主に問われて、亜弓は一瞬言葉を失ったが、すぐに立ち直った。
「はい、亜弓といいます」
「沢村のこともよう知ったはるみたいやね」
「ええ、兄の天敵ですから」
フンと沢村を睨み付けたまま亜弓ははっきりと口にする。
「へえ、天敵なん?」
だが佐々木に笑みを向けられると亜弓も少したじろいだ。
「こいつ、俺と良太が喧嘩してる横で、でかい声で俺を罵倒しやがって」
「お前はガキか?」
佐々木に軽く睨まれると沢村もムッとしながら口を噤む。
「亜弓さん、病院行くのならお送りしますよ」
秋山の申し出に亜弓は「ありがとうございます」と頭を下げた。
「それで、良太、どうなんですか?」
沢村はここに来た目的を思い出したように、秋山に尋ねた。
「目が覚めたようだよ。まあ、今夜はゆっくり休めばいいと思ってね。工藤さんついてるし」
「ああ、そんなら、俺らバタバタしないほうがええですね」
佐々木が言った。
「そうですね。大病とかじゃないし、名の知れた俳優や沢村くんなんかが押しかけたら、それこそまたネットにネタを提供することにもなりかねないからね」
秋山はそれから本谷に向き直り、「本谷くんも、もう大丈夫だから、わざわざ来てもらって申し訳ない」と諭すように言った。
「すみません、……すみません」
本谷は消え入るような声でまた頭を下げる。
「でもさ、こういう時とかって、普通マネージャー一緒に来ない? そもそもやっぱあなたの事務所、ちょっとおかしいわよ」
アスカが怒りを露わに言い放った。
「だよな、いくら大手っつっても、何様のつもりだよ」
小笠原もアスカに同調する。
「あ、マネージャーも気にしてて、でも俺が勝手に来ちゃっただけで……すみません」
本谷がまた頭を下げる。
「まあまあ、皆さん、良太ちゃんのこと心配されるのはわかりますけど、ちょっと落ち着きましょう。お茶をどうぞ」
イラついた空気を和ませたのは鈴木さんのおっとりとした言葉だった。
「亜弓さんも、どうぞ」
「ありがとうございます」
ようやく緊張を緩めて亜弓は鈴木さんに促されるままソファに座った。
「佐々木さん、沢村さんも、本谷さんも、わざわざお疲れのところいらしてくださったんでしょう、どうぞ、お座りになって」
鈴木さんが持っているトレーにはきれいな色のアイスコーヒーとアイスティーの入ったグラスが乗せられている。
「そういえば今日、お前、横浜で試合やったんやないのか?」
「終わってすぐ、親戚が危篤でって言って飛び出してきた」
佐々木に呆れた顔をされた沢村に、さらに亜弓が「よくそんなどこかで聞いたようなウソつけるわね」ときつい言葉を投げかける。
「うっせえな、今日は四の三で一本でかいのも打って、チームも勝ったんだからいいんだよ」
「ほんと、その不遜な言い方、何でそんなに子供の時と変わってないの?! まあ、お兄ちゃんも変わってないけどね」
「うっせえな。お前こそ、キリキリ怒鳴りつけてんだろ、ガキどもを。よくそんなんで教員なんかやってるな」
「余計なお世話よ。ちゃんとガキどもに慕われる有能な教師やってるんだから」
またぞろ言い争いを始めた二人を制して、「まあまあ、天敵いうんは沢村と亜弓さんのことなんやねぇ」と佐々木が呑気に口を挟んだ。
「あの、失礼ですけど、佐々木さんはモデルさん、とかですか? 男の方なのにすごくおきれいだし」
少し顔を赤らめながら亜弓が尋ねた。
「そう思うのが素人の浅はかさだ、この美貌にして天才クリエイターなんだよ、ざまみろ」
「何を沢村が威張ってんのよ!」
二人が幼稚な言い争いをしているところへ、またドアが開いて長身の男が入ってきた。
「こんばんは、良太ちゃん、ケガしたって聞いたから」
多人数が集っているのを見まわしてそう呟くように言ったその男を見て、「ウソ! 宇都宮俊治! ホンモノ!」と亜弓が両手で口元を覆って立ち上がった。
「宇都宮さん、わざわざありがとうございます。もう大丈夫ですよ。検査もしましたし、脳震盪だろうってことです」
秋山が説明すると、ようやく宇都宮もほっとした顔をした。
「それはよかった」
「あの!」
宇都宮はウルウルした目で見上げてくる美人に顔を向けた。
「兄を御存じなんですか? わざわざありがとうございます」
「え、兄って、ひょっとして良太ちゃんの妹さん?」
「はい! 初めて兄がこういう仕事しててよかったって思いました! お目に書かれて光栄です」
「こちらこそ、よろしく。良太ちゃんにはお世話になってるんです」
にっこり笑って宇都宮は亜弓を見つめた。
「ちゃっかりしてるとこは、良太を凌駕してるよな」
ボソリと亜弓の背後で呟く沢村に、亜弓は振り返って口を尖らせる。
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