アスカはこのやり取りにちょっと肩をすくめて千雪を見た。
実は詳しくは秋山も語らなかったが、秋山から良太が宇都宮にごめんなさいしたとアスカは聞いていて、千雪にも一応知らせたのだ。
「あ、でも、秋山さん、グズグズしてると亜弓さんに宇都宮さんとられちゃうよ」
アスカが秋山に耳打ちする。
「は?」
「とぼけちゃって。宇都宮さんは素がカッコいいって言ってたじゃない。秋山さん、シャープな感じだし、宇都宮さんとお似合いかも。応援するわよ」
秋山ははあ、とため息をつく。
「客観的な意見を述べただけですよ。応援は結構です」
「遠慮しなくったって」
アスカとこそこそしょうもないやり取りをしていると、秋山の携帯が鳴った。
「お疲れ様です。そうですか、それはよかった。工藤さんは時間まで? わかりました。ええ、何だか皆が良太を心配して集まってまして。あ、亜弓さんもいらしてます」
電話の向こうでしばし間があったが、「悪いがこっちまで送ってきてくれ」と言って工藤は電話を切った。
「工藤さんからで、良太は今、夕食を完食しても足りないので、プリンを食べているそうです」
秋山の説明にオフィス内の皆がどっと笑った。
「食い意地戻ったらいつもの良太だな」
小笠原が言った。
「プリン大好きだもんね」
「何するんもまず食うてからやもんな」
アスカや千雪も笑う。
「面会時間もありますし、亜弓さん、そろそろ病院行きましょうか」
秋山が亜弓に言った。
すると亜弓はちょっと小首を傾げて、「やっぱり、いいです。あたし、帰ります」と言う。
「びっくりして飛んできちゃったけど、もう大丈夫みたいだし、それに」
亜弓はオフィスを見回して、つづけた。
「何か、こうして皆さんが兄のこと心配して来てくださってるのみたら、何か安心しました。これからも兄のことよろしくお願いします」
亜弓はぺこりと頭を下げた。
「そうか、家はどこ? 送りましょうか?」
宇都宮が言うのをアスカや秋山は、え、という顔で見た。
「うわあ、すごい嬉しいですけど、静岡なので新幹線に乗らないと。明日授業があるし」
「おや、そうなんだ、じゃあ、東京駅まで送る前に、食事、しませんか?」
「ええええええ」
亜弓は一瞬にして舞い上がる。
「え、ずるい、あたしもお腹すいた。ご一緒してもいいでしょ?」
すかさずアスカが便乗した。
宇都宮が危険とは思わなかったが、良太の妹である、何となく二人で行かせるよりはと思ったのだ。
「俺も、そういえば腹減った」
千雪も同調する。
「じゃあ、みんなで行きましょうか。しかし、どこかありますかね、大勢でおしかけてもOKなとこ」
宇都宮がみんなの顔を見回した。
「この人数じゃちょっと難しいかも知れませんね。それに、ちょっと難ありなメンツですから、デリバリーにしてここで召し上がったらいかがです?」
秋山の提案に異を唱えるものはなかった。
「よっしゃ、ウーバーイーツで、良太の快気祝いといこうぜ」
調子よく宣言して小笠原が携帯を取り出した。
「亜弓さん、九時台の新幹線なら静岡に十一時頃になりますが、大丈夫ですか?」
秋山が亜弓に確認した。
「はい、全然OKです!」
やがて、秋山が依頼した鮨の出前が届き、各々が好きなものをデリバリーしてもらい、オフィスはちょっとしたパーティ会場と化していた。
鈴木さんも娘に電話を入れて、遅くなることを告げ、食器類などをキッチンで用意をした。
飲み物は小笠原と千雪がコンビニに調達に行った。
「あの、あの方こそは、モデルさんですよね? え、男性?」
千雪の後ろ姿を見つめながら、亜弓が誰とはなく聞いた。
「亜弓さん、ユキは初めてだっけ? 推理作家の小林千雪センセよ」
「え?」
今度は締まったドアを二度見して、アスカをまた振り返った。
「え?」
「話せば長ーいワケがあんのよ。まあ、深くは追及しないでやって」
「だって、あの、だって………」
驚きに言葉を失った亜弓に、ぜひ一緒にどうぞと引き留められた本谷も「サギですよねぇ」と笑った。
一方病院では工藤が、亜弓は明日の授業があるので病院には寄らずに帰るが、その前にオフィスで食事をしてもらうという連絡を秋山から受けていた。
「お前の怪我が大したことがないとわかったから帰るそうだ」
工藤は亜弓が会いに来ないことを良太に告げた。
「すみません、亜弓のやつ、何だってまたわざわざ」
ベッドに起き上ってコーヒーを飲んでいた良太は、さほど残念にも思わず、眉を寄せた。
「ネットで今朝の事故の情報が飛び交ったからな、心配して飛んできたんだろう」
工藤も、何か食べてください、と良太に言われて買ってきたサンドイッチを齧っているところだった。
「うう、どうしよう、また、デマとかもごっちゃになって、おかしなネタにされてるんだ」
「フン、ほうっとけ」
事も無げに工藤は言い放つ。
昨夜真夜中に京都からタクシーを走らせて撮影現場に辿り着いたはいいが、何とか撮影が終わったと思いきや、良太の事故で生きた心地がしなかった工藤は、脳震盪に打撲という良太の検査結果を聞いてまさしく脱力した。
緊張を解いたせいかどっと疲れが押し寄せ、良太が寝ている横で、今日は工藤もうつらうつらして過ごした。
そんな、やたらくたびれた雰囲気にもかかわらず、電話をするために病室を出た工藤のことを、前髪が幾筋か額に落ちているのがたまらない渋イケメンだなどと、きゃぴった女性看護師が良太に、素敵な方ねぇ、などとため息交じりに呟いていったと思えば、別の看護師がうきうきと、プロデューサーですって? などと良太に耳打ちして確認する。
良太は、ハハハ、と笑ってごまかすしかなかった。
病院でまで秋波送られてんじゃねーよ!
と心の中では喚きつつ。
とはいえ、こうしてほぼ一日病院に付き添ってくれて、ベッドの横で工藤がもそもそとサンドイッチなんかを食べていることなんかが、妙に良太はうれしかった。
back next top Novels
