翌日、昼過ぎにはまた工藤が迎えに来て、良太は自宅兼会社に戻った。
しばらくおとなしくしていろと言い残してまた京都へ舞い戻った工藤の命ではあったが、久しぶりにゆっくり猫たちの相手をしたりして過ごしたものの、夕方になると仕事のことが気になり、オフィスに降りて行った。
「あら、良太ちゃん、今日は休んでらっしゃいな」
「いや、何か、気になっちゃって。俺の今日の仕事、結局社長が代わりにやってったんでしょ? 工藤さんこそ、休んだ方がいいのに」
制作スタッフの手配とか、スポンサーとの打ち合わせなどだったのだが、良太がデスクに置いている一週間ごとのスケジュール表の、午前中に予定していた二つに×印がついていた。
「そうねぇ、でも昨日は何もしないで病院にいたから十分休んだとかおっしゃってたわよ」
まあ、工藤は面会時間ギリまで病室にいてそのあとは部屋に戻ったはずで、少しは休めたのかもしれない。
確かに今日迎えに来た工藤は昨日のくたびれたオヤジとは違って見えた。
何せまた、若い看護師がこそこそと、今日は渋イケオジがりりしいとやら工藤の噂をしていたからだ。
それに。
明後日調子よければ高雄に来るようにという指令も受けている。
調子なんかもう全然元の通りだって!
「それで夕べ、結局みんなここで何時まで飲んでたんです?」
「秋山さんが後片付けはしておくからっておっしゃったので、私は九時くらいに帰ったからわからないけど」
アスカに秋山、小笠原に谷川、千雪に本谷に宇都宮、そして沢村と佐々木までがここで、良太の快気祝いと称して飲み会をやっていたらしいと、昼過ぎ戻ってきて鈴木さんにお礼を言った時に聞いたのだが。
「なんつうメンツだ」
俺の快気祝とかって、要は飲みたかっただけじゃん。
しかも八時頃までは亜弓も一緒で秋山が東京駅まで送って行ったという。
「そういえばあいつ、宇都宮俊治のファンだったんだっけ」
今更ながらに気づいた。
熱海の両親の家に家族で集まった時、あれは今年の正月だったか、たまたま垣間見た亜弓の携帯の壁紙が宇都宮だったのだ。
「私の運命の人なの!」
はあ、とその時の亜弓のキラキラした目がよみがえり、良太は改めてため息をつく。
その運命の人にキスされそうになったとか、口が裂けても言えないぞ。
まあ、学生の時に付き合っていた彼氏と別れて以来、今はいないようだが、そのうち新しい彼氏でもできれば、宇都宮のことなど忘れるに決まっている。
だが、映画のスクリーンやテレビ画面の向こう側の人間だと思っていたのが、本人に会ってしまったわけで、そこが問題だよな。
「あのお、鈴木さん」
良太は今日もエクセルに数字を打ち込んでいる鈴木さんに、声をかけた。
「なんでしょう?」
振り返った鈴木さんに、良太は言葉を選びながら尋ねた。
「夕べ、亜弓、その、どんな、感じでした?」
鈴木さんはちょっと小首を傾げた。
「そうね、最初は、何であなたがケガをしたのかって、少し怒ってる感じだったわ。撮影体制に問題があったんじゃないかというような。あなたが心配でそんな風に思ったんでしょう。お兄さん思いの亜弓さんだから」
「あいつ、思い立つと誰彼かまわず突っ込むやつだから」
はあ、と良太は一つ溜息をつく。
「そうね」
鈴木さんはフフフと笑う。
「沢村さんがいらしてから、何だか亜弓さんと二人で仲良く言い争いをしてたわよ」
「はあ? あああ、そう、そうなんっすよね、ガキの頃俺の試合亜弓もよく見にきてて、沢村と俺が喧嘩する傍で、あいつらもしょっちゅういがみ合いで。犬猿ってよりハブとマングースみたいな」
ったく、大人になってまで二人とも何をガキみたいなことやってんだ。
しかも沢村も佐々木さんの前で、バァカじゃないのか。
沢村を心の中でこき下ろしてから、良太はパソコンを立ち上げ、画面をしばし見つめていたが、一応、亜弓にラインで礼を言っておいた。
しばらくして亜弓から返信が来た。
『重症じゃなくてよかったね。撮影で事故ってネットで見て、お兄ちゃんだってわかってとんでっちゃったんだけど仕事の準備があったから寄らないで帰ってきたの。お父さんたちには言ってないよ、心配させるだけだし』
ありがとう、と返すとすぐまた返信が来た。
『それより、宇都宮さんに、今度、またお茶でもって誘われちゃったよ!』
それを見て、良太は、うわあ、と声をあげそうになった。
『社交辞令に決まってるだろ、本気にするなよ』
『宇都宮さんは嘘は言わないよ!』
『まあ、宇都宮さんは忙しいし、仮にほんとでもいつになるかわからないからな』
とりあえずそう返しておいたが、宇都宮さんにちょっと聞いておかないと。
俺に鍋しようって言った感じで、お茶しようって言ったんだと思うけど。
あの人、自分がどれだけ周りに影響及ぼすかって考えてないよな、きっと。
自然体の人なんだけどな。
しばらくキーボードを叩いていると、オフィスのドアが開いて一人の男が入ってきた。
「どちら様ですか」
鈴木さんが立ち上がった。
「ミタエンタープライズの浜野と申します」
その名前に良太は顔を上げた。
「浜野さん」
本谷のマネージャーで、良太も電話では話したことがあるが、顔をあわせたのは一度だ。
本谷ともう一人、女優の小佐田亮子の担当マネージャーだが、小佐田の健康状態が今一つということで彼女にかかりきりになり、最近本谷は浜野の指示を受けながら一人で動いていた。
「広瀬さん、怪我をされたとお聞きしましたが、もうよろしいんですか?」
「ありがとうございます。軽傷でしたのでもう大丈夫です」
「この度はうちの本谷のせいで、広瀬さんにお怪我を負わせるようなことになり、社長の三田も非常に遺憾に存じまして、私がお見舞いとご迷惑をおかけしたことへのお詫びに参った次第です」
浜野はすると持っていた紙袋から高級そうなメロンが二つと熨斗を付けた紙包みを取り出してテーブルの上に置いた。
「本当にもうしわけございませんでした」
そう言って浜野は一分近く九〇度ほども腰を折って頭を下げた。
だが良太は、何か違うと思った。
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