別に社長が自ら来る必要はないが、熨斗がついた紙包みが札束だということくらい、良太にもわかった。
「どうぞ、頭を上げてください。あれは不慮の事故です。御社の責任でも誰の責任でもないですから、こんなことをしていただくわけには参りません」
良太は言ったが、向こうもこうして差し出したものを今さら引っ込めるわけにはいかないこともわからないではない。
「いや、私としても受け取って頂かないと、会社に戻るに戻れませんから、ここはひとつなにとぞ」
浜野はそういうとまた深々と頭を下げた。
「わかりました。ただ今は社長は不在ですので、とりあえずこれは責任を持ってお預かりいたします」
「よろしく、お願い申し上げます」
ようやく浜野は顔を上げたが、汗を拭きながら、ほとほと困ったような顔をしていた。
「どうぞ、おかけになって」
お茶を運んできた鈴木さんが浜野に声をかけたのだが、座るのすらとんでもないというようなガチガチのようすで、「では私はこれで失礼をいたします」とばかりにとっととオフィスを出て行こうとした。
「浜野さん」
良太に声をかけられて浜野は振り返った。
「どちらかというと大変なのは本谷さんではないかと思います。確かに、社会経験もあり、礼儀正しい方ではありますが、この業界では慣れないことも多いのではないでしょうか。僭越とは思いますが会社としては本谷さんに専属のマネージャーなりアシスタントなりをつけていただくわけにはいかないのでしょうか」
しばし浜野は良太の顔をじっとみつめ、ポケットからハンカチを出してまた額の汗をぬぐった。
「はあ、それはごもっともな話なのですが………今回のことで、私ももう一度、上司に訴えてみたのですが………何分、上が決めることでして、はたしてどうなるかはまだ………」
言葉を詰まらせながら浜野はそれだけを口にした。
「そうですか、差し出がましいことを申しました。お見舞いを頂きました件につきましては工藤にも申し伝えて、後ほど御社の方へご連絡させますので、よろしくお願いいたします」
浜野が再度深く頭を下げてオフィスを出ていくのを見送って、良太は、はあ、と大きくため息をついた。
「何でこんなもん受け取ったんだ、とか、俺が工藤さんにどやしつけられそうじゃん」
鈴木さんはフフフと笑った。
「仕方ないわねぇ、一度差し出したものだし、引っ込みもつかないでしょう。三百万くらいかしらね」
「え、すご、鈴木さんわかるんですか?」
熨斗を付けた紙包みを見ながら推測した鈴木さんに、良太は驚いた。
「まあね、長年経理やってますからね」
「本谷さんのギャラにプラスして返してしまえばどうですかね」
「そうねぇ、とりあえず、工藤さんに相談してみた方がいいでしょう」
「ですね。あ、でもこっちの高そうなメロンの方はもらっちゃっていいのかな」
「いいんじゃない? せっかくミタエンタープライズがお見舞いに下すったんだから。冷蔵庫にいれておきましょうね」
鈴木さんは高そうなメロンの箱二個セットを持ってキッチンに行った。
「ついでにお茶にしましょうか」
キッチンから鈴木さんが聞いた。
「ありがとうございます」
下柳からも当分こっちには来なくていいと言い渡されている良太だが、京都に行く前に一度スタジオを覗いてみようとは思っている。
窓に近いソファにお茶を持って行くと、お土産のどら焼きを食べながら二人でまったりとお茶を飲む。
そんな時間を過ごすのも久しぶりだ。
するとフフフ、と鈴木さんが思い出し笑いをした。
「どうしたんですか?」
「ほんと夕べは良太ちゃんの快気祝いとか勝手に理由をつけて、皆さん割とはしゃいでお酒を飲んでらして。あ、でも良太ちゃんのことを心配して集まってくださったのは確かだし」
「わかってますよ。ほんとにご心配おかけしました」
良太もぺこりと頭を下げた。
「良太ちゃんが大事にならなかったってわかったあとだから、はしゃいでもいいお酒だったと思うわよ。私もそれに少し便乗してしまったんだけど、ほんとはね、ほら、宇都宮さんいらしてたでしょ」
あらら、ここにも宇都宮フリークがいたんだっけ。
良太はいつぞや、鈴木さんがオフィスに現れた宇都宮のことを素敵な方ね、なんて言っていたのを思い出した。
「だからちょっとだけ、混ぜていただいたのよ。宇都宮さんて、ホント気取らないのに何をやっても決まってるみたいな感じで、ここでお仕事させていただいてる役得よね」
「ほんとです、宇都宮さんて、カッコつけてるつもりなくてもカッコいいですよね」
「でしょ?」
鈴木さんはちょっとお茶目に笑う。
宇都宮のスケジュール優先なので、今撮影中の映画のロケが終わり次第、来月に入ったらまた『田園』の撮影がある。
あんな形になったものの、次会っても何ごともなかったかのように話せそうなところが、また宇都宮の不思議なところだ。
「明日からまた『からくれないに』の撮影だし、今日はのんびりさせてもらったからビシバシいかないと」
「良太ちゃん、無理しないのよ? 明後日は京都に行くんでしょ?」
「ええ、動かないと身体もなまっちゃうし」
真中や奈々からもラインが入って、良太を心配してくれた。
奈々は三日間オフで実家に戻っているところだったので谷川も知らせなかったのだが、やはりネットニュースを見たらしかった。
仕事に戻ってるしかすり傷だからご心配なく、と良太は二人に返した。
志村や小杉はCM撮影のため北海道から秋山と連絡を取ったらしく、秋山経由で少し休養した方がいいというメッセージを受け取った。
ネットのニュースなど見ない軽井沢の平造からも、カンパネッラのシェフ吉川から聞いたらしく連絡が来た。
こうして社員みんなから心配されてみると、本当に家族のようだと良太は思う。
万年人手不足とはいえ、少人数の会社だからこそというのがあるのだろう。
今更ながらに有難いと思う。
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