打ち合わせが終わると、良太は撮影陣に別れを告げて京都駅に向かった。
「え、もう帰るのか?」
そんな風に聞いてくる匠は何だか名残惜し気にみえた。
「またいずれ、顔を出しますので、よろしくお願いします」
ひょっとして割と気に入られたんだろうか。
「良太ちゃん、無理しちゃだめだよ」
バイバーイと奈々はいつも明るい。
新幹線に乗ってしばらくすると、京都はたかだか二日ほどの滞在だったが、工藤と結構一緒にいられた気がする。
もしか怪我のこととか心配して時間作って一緒にいてくれたりとか?
出がけに工藤を振り返ったが、工藤は日比野や志村と話をしていて、良太を振り向くこともなかった。
別に長の別れとかじゃないにしても、またきっとすれ違いが続くわけで、今日は富士山がきれいに見えるな、などと窓から眺めながら、良太はつい、あーあ、と口にした。
オフィスに戻り、鈴木さんにお礼を言ってお土産を渡すと、いったん自分の部屋に立ち寄って猫たちのどこ行ってたんだよ、二日も、な歓迎を受け撫でてやってから、シャワーを浴びた。
夕方からは『レッドデータ』の映像に、『ドラゴンテイル』の音を合わせる作業に立ち会うことになっている。
「気合入れて頑張んないと!」
あ、そうだ、芸術にも親しまなきゃならないんだった。
髪をバスタオルでこすりながら、ノートパソコンを立ち上げる。
「能、とビバルディだっけ」
音楽はネットでダウンロードすればいいけど、能とかってのはやっぱ、どっかで観てみないとだよな。
『レッドデータ』の制作スタジオにはドラゴンテイルの水野あきらと熊井漣も現れ、下柳と負けず劣らず音へのこだわりは半端なかった。
最近は大体はわかるようになったものの、良太など音楽の専門分野に関しては傍で見守るくらいが関の山だ。
それでも映像に音が重なったのを見た時は、感無量という以外のなにものでもない。
「やっとここまで来たかって感じだな」
下柳が隣でボソリと言った。
「ヤギさんの血と汗の結晶ですよね」
「涙が抜けてる」
「ああ、血と汗と涙の結晶ですか?」
良太は笑う。
「ハハ。さあて、これからもう一仕事だ」
六月も残すところあと一日となった。
梅雨の合間、ここのところ晴天が続いていた。
「お、良太ちゃん、お帰り~」
『からくれないに』の撮影スタジオに出向くと、カットがかかったところで上機嫌の山根監督が良太を出迎えてくれた。
「何か順調そうでよかった」
「いやいや、まあまあ、良太ちゃんもさては京都で美味いもん食べてきただろう? 何か肌の艶もよくて、化粧ののりもよさそう」
気のいい冗談に良太はハハハと空笑いする。
温泉でゆっくりしてきましたなんて、言えないが。
「良太、お土産ってこれだけ?」
アスカが良太の持ってきた京都土産、抹茶を使ったお菓子で有名な店のクッキーをつまみながら聞いてきた。
「日持ちするものはそういうお菓子しかないですよ。その代わり、ほら、おむすび屋のおむすびいろいろ種類があっておいしそうですよ」
今日は大澤流や老弁護士御園生役の端田武の顔もあった。
端田も七十代バリバリの現役で、難しい顔で警察官などの役が多いが、素はよく笑うユーモア溢れるベテランだ。
太い声で力強い科白が入ると、場が引き締まる。
「どうだった? 工藤さん」
いつの間にか後ろに来ていた秋山が聞いた。
「あ、相変わらずでしたよ」
秋山はどうやら宇都宮との事情を知っていて工藤に話したのだろうと思うのだが、そういえばアスカかひとみあたりから聞いたのだろうか。
ちょっと首を傾げるところもあるのだが、この人はあまり敵に回したくない御仁だ。
「あ、広瀬さん、お疲れ様です。京都はどうでしたか?」
その時、本谷がやってきてにっこり笑った。
「暑かった。あ、でも高雄とかは涼しくて、何か別世界でしたよ」
「俺、学生の時に京都いろいろまわったけど、高雄って、行ったことないんですよね」
「俺も撮影で初めて行った。あれ、今日はまた一人?」
「あ、ええ、まあ。でも、浜野さんとは連絡を密に取るようにしてます。行き帰りも今のところタクシー使ってますし」
どうやらマネージャーは先日のお詫び行脚に顔を見せただけのようだ。
まあ、本谷さえ、何の問題もなく仕事をしてもらえればそれでいいのだが。
「工藤さん、当分向こうなんですよね」
本谷の口から工藤の名前を聞くとやはり良太の心はざわめいてしまう。
「そうだね」
「あの、工藤さんに、伝えていただきたいことがあるんですが」
えっ、と良太は本谷を見つめた。
今度はなんだ? と思わず構える。
「実は前に、撮影中、祖父が倒れたってうちから連絡が来て、うろたえてたら、工藤さん途中だからって東京駅まで車で送ってくださって」
「え…………」
良太はまじまじと本谷を見つめた。
「そのまま俺、桐生まで行ってきたんですけど、俺、郷里桐生なんです。つい二日ほど前、お陰様でじいちゃん退院したって連絡きて。ちょっと心臓が弱ってたんで心配したんですけどね」
「そうだったんですか。よかったですね、退院されて」
そう、だったんだ、あの時、だよな?
なんだ………。
そっか。
「わかりました。伝えておきます」
ちぇ、滅多に善行なんかしないやつが、親切に人乗せたりするから、変な邪推するんだろうが。
ああ、何か、工藤に悪いことした気がする。
ちょっとだけな。
七月に入ると俄然万年人手不足の青山プロダクションの面々はまた皆忙しくなった。
何ごとも順調に進んでいたかのようにみえた。
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