風そよぐ73

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     ACT 6
 
 
 数日後には七月を迎える京都の街は朝早くからぐんぐん気温が上がっている。
 観光客は引きも切らず、良太は人混みをぬって渡月橋あたりをうろついていた。
 携帯で写真を撮ったり、今回もまた猫の世話を引き受けてくれた鈴木さんや良太の怪我を心配してくれたプラグインの藤堂やオフィス佐々木の直子にもと土産を買ったりして、スタッフとの待ち合わせの十二時までゆっくり街の中を歩いていた。
 寺の一つもまだ見ていなかったので、ホテルを出てから天龍寺に向かった。
 温泉に入ったお陰で身体の調子はいいような、気もするのだが。
 朝起こされたのは九時頃だ。
「メシの用意ができてるぞ」
 そういう工藤は既にスーツを隙なく着込み、身だしなみも整えて新聞を手に和室へと向かった。
 身体を起こしてもまだ覚めやらぬのは二度寝したせいだ。
 夕べは食事と美味い酒の後はベッドに直行して工藤と結局イチャコラ過ごしてしまい、いつもは夜中過ぎなのが早く寝たせいか明け方目が覚めた良太は、せっかくだからとまた温泉に入って寛いでいた。
 ところがこちらも同じく目が覚めたらしい工藤が風呂に入ってきて。
 あのオヤジは全くもう!!!!!!
 身体が工藤仕様にでもなっているかのように、勝手に反応してしまうからしょうがない。
 クッソォ!
 お陰で良太は起こされるまで寝入ってしまったのだ。
 そういえば、前にも猪苗代かどこかの温泉で泊まった時も、あのオヤジときたらやたらエロかったぞ。
 温泉で部下とこっそりなんて、三流ドラマのシナリオ、まるきり昭和のオヤジじゃん!
 その昭和のオヤジは、そそくさと食事を終えると、スタッフとの打ち合わせは渡月橋の近くにあるホテルで十二時だからそれまでゆっくりしろ、などと言いおいて出て行った。
 出がけにまた一つエロいキスなんかしやがって。
 高雄での撮影期間は割と長かったので一つのホテルにスタッフ込みで契約して宿泊していたのだが、この辺りのホテルは『からくれないに』のロケ関係で手配する際に調べたから、良太も相場はわかっている。
 監督や俳優陣の泊まるホテルは星の数もそれなりなホテルだが、工藤や小杉、それにスタッフはビジネスクラスに部屋を取っている。
 ただし、さすがにハリウッドの俳優とかならともかく、昨夜の高級旅館なんかはそれこそ仕事で使っていたら予算がパンクする。
 第一、チェックアウトも済ませてあったのに、わざわざ女将が俺を見送りに出てくるとか、絶対怪しい。
 工藤の密かに定宿だったのは確かだ。
 まあ、今更だけどさ。
 あんなオヤジが好きなんだから、しょうがないじゃん。
 天龍寺に入ってみたものの、とにかくやたら広い。
 全部をゆっくり見ていたら、打ち合わせに間に合わなくなるし、とにかく有名な天井画だけでも見ておこうと、良太は法堂へと向かった。
 どうせ俺は広く浅く、有名なものしか知らないさっ!
 心の中で悪態をつきつつ同じ目的だろう観光客に混じって目指す天井画にたどり着いた。
「雲龍図」は著名な日本画家によって描かれたものらしい。
 加山、又造? とかっつっても知らないし。
 近年の人じゃん。
 佐々木さんとかにレクチャーしてもらわないと。
 そうそう、藤堂さんなんかも妙に芸術関係詳しいんだった。
 でも天井画とか、どうやって描くんだ?
 首がおかしくなりそう。
 そういえば、バチカンにもあったよな。
 良太はしばらくそんなことを心の中で呟きながら天井を眺めていたが、携帯の時刻を見るとギリな時刻になっていた。
 庭園などを横目に見ながら寺を出ると、打ち合わせが予定されているホテルへと急いだ。
 今回はホテルの宴会場を借り、料亭からの仕出し弁当でランチを兼ねての打ち合わせとなっている。
「お疲れ様です」
「おう、良太ちゃん、今日は嵐山見て回ってたって?」
「あ、はい」
 宴会場に顔を出すなり、日比野ににっこり聞かれて、良太は思い切り頷いた。
 撮影クルーの面々や志村や奈々といった俳優陣、匠も良太と前後して現れた。
 工藤はできるビジネスマンといった雰囲気で、志村、浅沼と話し込んでいる。
 ちぇ、すかしてら。
「渡月橋見た?」
 空いている席に座ると匠が声をかけながら隣に座った。
「渡月橋、ですか? まあ、何回か見てますが」
「あの橋もシーンの一つなんだが、今一つ、しっくりこないとこがあるんだよな」
「そうなんですか」
「なんか、今日、良太、血色よさそう」
「へ?」
 仕事の話の流れでいきなりそんなことを言われて、良太は一瞬焦る。
「こっちにきてからゆっくりさせてもらってるから」
 夕べ温泉でしっぽりしてました、とか、匠の妙に得体のしれない視線に暴露させられそうで何やら怖い。
 この打ち合わせから、重要な役でベテランの俳優が加わることになっている。
 安倍晴明を研究している大学教授という役どころだが、時間まであと数分というところでようやく現れた。
 良太は会うのは初めてだが、確か七十代後半といっても、動作も表情も年齢より若々しい。
 橋本祐三、年齢が年齢だけに、少々気難しいところもある、とは秋山情報だ。
「良太」
 工藤が呼んだ。
「うちの広瀬良太です」
 工藤は早速橋本に良太を紹介した。
「よろしくお願いします」
「新人さん? この子どのあたりで出てくるんでしたっけね、本にありましたっけ?」
 またぞろ勘違いされてしまった。
 だがしっかり全体を把握している、さすがに大物俳優だ。
「いや、すみません、私の後継で、私がいない時には広瀬を呼んでください」
「おや、そうなの? それは失礼しました。よろしくお願いします」
 工藤の説明に頭を下げられて良太も慌ててぺこりと頭をさげる。
「こちらこそ、行き届かないこともあると思いますが何でもおっしゃってください」
「頼もしいね」
 笑顔の優し気な俳優さんだが、何か面倒なことがなければいいけど、と良太は思う。
 でもなんか、工藤の後継とかって、ちょっと嬉しいかも。
 って、へらついてられないってことじゃんね。

 


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