いつ、何で知ってるんだ? どこまで………?
同年代かもっと若いだろうその男に、元気はちらりと冷ややかな視線を向けた。
「まあ、同性婚OKな国も多いし、ハリウッドの俳優とかアスリートなんかもカムアウトしてる時代だし、けどこの日本じゃどうかな。GENKIのファンとか、うーん、中には歓喜する女の子も多そうだけど」
「俺はGENKIとは何の関係もありませんから」
イラつきながら元気はようやく口にした。
「またまた、GENKIのアルバム、毎回いくつかの曲は元気さんでしょ? 第一、こないだのライブだって、元気さん以外にあんな音出せないっしょ?」
元気はそれには答えずに、カップを洗う。
「この辺り、いいですよね、自然がいっぱいで。二、三日取材であちこち行くんです。またお邪魔します」
天木が席を立つと、紀子がレジに行った。
「ありがとうございました」
天木を見送ると、紀子はカウンターから元気に声をかけた。
「ね、取材とか言ってなかった?」
「フン、たまに来る迷惑千万なヤカラだ」
不機嫌そうに元気は答え、カウンターの名刺をしばし睨みつけてからポケットに入れた。
何なんだ、一体? 何が目的だ?
元気はどうにも不穏な面持ちで、天木の出て行ったドアに目を向けた。
イラついて混沌とした頭を抱えながら朝帰りした元気は、お散歩を待っていたとばかりに尻尾を振りながら出迎えたリュウを撫でると、すっきりするために飲もうと思っていたコーヒーを後回しにして、リュウにリードをつけた。
八時を過ぎたところだから、リュウを結構待たせてしまったようだ。
「元気、二日酔い?」
気配を察した母親が居間から声をかけた。
「ああ、ちょっと夕べ……」
「あんた、こないだ、わざわざギター弾くために東京行ってたの? アルバイト?」
言葉を濁して出かけようとした元気に母親が気になることを言う。
えっ、と思わず居間まで戻ってきた元気にリュウが不承不承ついてくる。
コーヒーを飲みながら、テーブルの前に座る母親が見ている55V型、4K画質の大きな画面にドカンと陣取る、ベネチアンマスクに金髪がギターを弾いている画像に、元気は絶句した。
「先日横浜ベイアリーナで行われた人気ロックグループ、GENKIのライブは大盛況だったことはもちろんなのですが、今、巷でネットで盛り上がっているのは、そのアンコールに登場した謎の超美形ギタリストのことなんです!」
ことさら大げさな身振りの女性リポーターの言葉に、元気は頭痛すら覚えてきた。
「ベネチアンマスクに隠されてはいますが、絶対美形に違いない、この謎のギタリストの正体を巡っては様々な憶測を呼んでいるのです。かつて某人気グループを脱退したアイドルとも、ロンドンでグループが見つけてきた新メンバーとも言われているこのギタリストは一体何者なんでしょうか!」
視聴者を煽る芝居がかった台詞の次には、ネットでも流れていた動画が音付きで流れてくる。
「たまには息抜きにこういうアルバイトもっとやったらどう? それより何もお父さん、こんな田舎の店、無理に続けてほしいとか思ってたわけやないし、やりたければまたバンドに戻ってもいいんよ?」
テレビのリポートの内容と母親の言う内容のちぐはぐさに元気はようやく気づいた。
「ああ、いや、店は好きでやってるわけやし、ギターはまあ、アルバイトだから…」
金髪のかつらに大きなベネチアンマスクではそれこそ美形かどうかなんてわからないだろう画像だが、この母親にはどうやらお見通しということのようだ。
げに恐ろしきは母親なり?
少々太り気味になり、垢抜けしない服ばかりしか着てはいないが、若い頃はそこそこの小町娘だった母親とちょっとイケメンで温和な父親は、この界隈ではなかなか評判のいいカップルだったらしい。
悠々自適なメリーウイドウをやっている母親の雛子は、隣のH市の出身で実家は古い旧家だが、実の母親は子供の頃に亡くなり、後妻に来た義母は自分の息子である現当主ばかりを可愛がり、雛子を疎ましがったのだと遠縁の親戚から元気も聞いたことがあった。
そんな理由から元気の中学の時に祖父が亡くなってからは雛子の実家とは本当に縁が切れたかのように行き来がなくなった。
父親の勇三も既に父母も亡く、親戚ともほとんどつき合いもない、雛子とはお互いしかいないような境遇で、絆は強かったのだろう、些細なことで口喧嘩くらいはよくあったものの、仲のいい夫婦、仲のいい家族だった。
勇気、元気の兄弟は、何かを強制されることもなくおおらかに育ったかわりに、自分たちで取捨選択せねばならず、悪ガキどもとバカをやっていてもどこかクールなところのある子供だったかもしれない。
back next top Novels
