真夏の危険地帯2

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 黒のベンツは人知れず横浜ベイアリーナを出ると、横羽線を走り山下町へと向かった。
「ふう、死ぬかと思った……涼子のやつ、いくら何でもカツラとかないだろ! このクソ暑いのに!」
 ブロンドのかつらやベネチアンマスクを控室で外し、後部座席に乗り込んだギタリストは大きなため息をついた。
「大丈夫ですか? 何かすごかったですね」
 ハンドルを握るかっちり白いシャツにネクタイとズボンの葛城はバックミラー越しに後部座席へ声をかけた。
「その敬語調はやめてくれよ。学年同じだろ?」
 ギタリストはまた一つため息をついた。
「まあ、浅野さんとは学部同じだけど、岡本らのことはたまに遠目に見たことがあっただけだからな」
 周りから岡本などと呼ばれることは久しくなかったので結構新鮮ではあったが、何となく背中がむず痒い。
「岡本ってのも呼ばれ慣れてないから。元気でいいって」
「しかし、超極秘機密条項なんだろ? 今回のライブ出演もサプライズで、YBCテレビが録画した昨日じゃなくて今日、東京じゃなくて横浜じゃないとダメ、元気だと絶対バレないようにしなければ出演しないっていうし、どんな大物かって思ったけど、今日のパフォーマンスを見ればロックとかに縁がない俺でもさすがに君がすごい実力の持ち主だってことはわかるよ」
 涼子が葛城を伴って元気の店、「伽藍」に現れたのは五月のことだった。
「新入社員の葛城くん、弁護士なの」
 ガタイは大きいが気の良さそうな目をしたスーツの男に、元気はわずかに見覚えがあった。
 それより現在GENKIの代表である光彦ではなくGENKIが所属するGコーポレーション社長である涼子の出現に、元気は何やらうさん臭さを感じざるを得ないでいた。
「ちょっと内内で話したいことがあるんだけど、いつならいい?」
 有無を言わせぬ涼子の言葉に、元気はいよいよ眉を顰めた。
 とはいえもともと女に優しい元気のこと、裏でみっちゃんこと光彦が糸を引いているだろうことはわかっていたが、その夜、二人が泊まっているホテルAに出向いた。
「ライブ? 悪いが俺は……」
「元気だってわからなければいいでしょ?」
 ライブに出るつもりはない、と続けようとした元気の言葉を遮るように涼子が言った。
「マスクとかで顔を見せないようにしてていい。それにフル出演じゃなくていいの、アンコールだけ。ここのところマンネリ気味になっているライブに対するテコ入れの意味もあるし、ファンに対してもね、サプライズってことで」
 案の定、七月のライブに出てほしいという面倒な話だった。
「元気もギターが好きなんだし、たまにはいいじゃない? 気分転換にもなって。あ、そうそう、葛城くんはバイとかゲイとかそういう差別嫌いで、ゲイの友達もいるっていう人だし、元気が彼氏もちでも信用のおける人だから大丈夫よ」
 涼子は矢継ぎ早に続けた。
「GENKI」のオリジナルメンバーで今はペンネーム「G」で曲を提供してくれている我が社の嘱託社員かつ株主、ただし社外秘、涼子は葛城に元気のことをそう簡潔に紹介した。
 学生の頃からメンバーは涼子に頭が上がらなかった。
 「GENKI」の発足は高校時代からバンドをやってきた一平が元気を巻き込んで、なおかつ元気からバンド名を取って始めたK大の学生メタルバンドだった。
 ボーカルの鈴木一平、ギターの岡本元気、ベースの古田光彦がオリジナルメンバーで、そこへドラムスの木田雅人が加わり、マイナーで既にかなりの人気を得ていた。
 人気が出たのは半分は一平や元気の素人離れしたルックスにあるだろうが、半分は古いといわれようがダサいといわれようが、その実力と音重視の骨太メタルを頑固に貫く一貫した音楽性に共感した一途なファンのお蔭だろう。
 当時から彼らの音楽が好きでビラまきからスタジオやライブハウスの手配など協力してくれていたのが涼子だ。
 女としての武器を最大限に利用して面倒なオーナーを言いくるめるかと思えば、理路整然とした理屈で言い負かしたりと、はっきり言って頭が切れる上に度胸が据わった姉御肌で、みっちゃん即ち光彦とは高校時代からの腐れ縁らしく、くっついたり離れたりしていたが、最近は長く続いているようだ。

 


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