真夏の危険地帯7

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 こうしていると昨夜のことも何だか夢の中のできごとのような気がしてくる。
 やっぱり俺の居場所はここだよな。
「何、紀ちゃん、何か今日、えらく静か過ぎないか?」
 ふと気になっていたことを口にする。
 今日は団体客がどっときたりで忙しかったせいかと思ったが、そういえばいつものおしゃべりがない。
「別に」
 そう言いながらも紀子は元気を斜に睨むように見る。
「別に、って、何かあるって顔に書いてあるぞ。どうした? ははあ、さては克典とまた喧嘩でもしたんだろ」
 喉が渇いていてアイスコーヒーをあっという間に空けてしまった元気はカウンター越しに紀子を見つめた。
「そんなんじゃないわよ」
 確かに言葉が固い。
「元気、昨日はどこ行ってたの?」
 さくっと紀子は切り込んだ。
「昨日? だから将清たちと会うって言っただろ?」
 優作が見せてくれた携帯の動画を思い出して、どうやら紀子が既に元気が何をしていたか知っているような気はしていた。
 昔の元気を知っている連中なら、やはりあのギターが元気だとわかるのだ。
「あたしに隠す必要ないじゃない!」
 その台詞にできれば気づかないでほしいという元気の密かな願いは呆気なく崩れた。
「ネットでライブ見て、すぐに優花に確かめたんだから」
「悪かったよ。とにかくあれは、浅野が、って、事務所の社長だけど、元気だってばれないようにすればいいからちょっとだけでも出てくれって強引に……まさか、動画アップされるなんて思わないだろ」
 これは思った以上に紀子の機嫌を損ねたらしいと理解して、元気はこの上なく神妙な顔になる。
「「GENKI」はそこんとこ緩いって言われてるのよ。あたしだって元気が出るんならライブ、行きたかった!」
 グスっと今度は泣きが入り始めた紀子に、元気は慌てた。
「悪い、ほんと、ごめん、黙ってたことは謝るし、それにあんなのちょっと二、三曲やっただけだし……」
「何言ってんのよ、ネット、大騒ぎになってるわよ! マスコミもすごいライブだったって、あのギタリストは一体誰だって」
「え………ウソ…だろ?」
 元気は嫌な予感に襲われた。
 まるでその予感が当たったかのように、やがて店の電話が鳴った。
「はい、伽藍でございます。あ、お疲れさま。うん、いるよ、今なら平気」
 紀子はそう電話の相手に告げると、「はい、元気」と受話器を差し出した。
「え……」
 嫌な予感はあたったようだ。
「はい……ああ、お前か。仕事は順調か?」
 とりあえず、何事もなかったかのように、元気は言った。
 すると電話の向こうで豪がしばし黙りこくった。
「豪?」
「仕事はあと二日で終わる。終わったらすぐに戻るから、ちゃんと説明しろよな」
 受話器越しにも怒気が伝わってくる気がする。
「説明ってなんの?」
 そんな風に言われると、元気の方もカチンとくる。
「そういうこと言うわけ? 別にあんたが俺にだまってライブに出ようがどうしようが関係ないって?」
「わかってるじゃないか。俺がお前の仕事に口出ししたことがあったか?」
「ああ、そうかよ、よくわかった」
 途端、電話は切れた。
 元気は一瞬事態を把握しかねた。
 不快な機械音に気づいてやっと受話器を戻す。
 あんな風に言うつもりはなかったのだが、つい、売り言葉に買い言葉というやつだった。
 四年前、別れを告げてこの町に戻ってきた元気を忘れられず、豪はストーカーのように元気を思い続けて、最近注目のカメラマンのくせに、ついに元気の住む近くの町に引っ越してきてしまうほど元気一筋な男で、いつも元気の顔を見ると喜んで尻尾を振って駆けてくるリュウと次元が一緒よね、などと紀子に言われている、バカみたいに一途な男なのだが。
「豪さん、今頃泣いてるよ」
 紀子からさらに冷たい一瞥を投げかけられて、元気はうっと言葉に詰まる。
 下手に豪に話すとグジグジしそうだからと、浅野に断り切れずにこっそりほんのちょっとならと出てみたライブだったのだが、やっぱり全然世の中に乗り遅れた過去の人間ってとこじゃないか、俺は。
 去年の夏、ちょっとした行き違いから一平に何やら言われたらしく、以来「GENKI」に戻って一平の元に戻るんじゃないのかと、必要以上に豪は意識していたのだ。
 だから俺は………。
 あーあ、と元気は心の中でため息を吐く。
 その時ドアが開いて、また数人の観光客が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
 気を取り直して、元気は何とか仕事モードに切り替えた。
 しかし、ネットで大騒ぎになってるわよ、という紀子の台詞が頭の片隅に引っかかり、閉店時間になると店を閉めるなり小雨の中を家に飛んで帰り、ちまちま携帯で見るより早いだろうと部屋に上がってパソコンを開いた。
 そこには元気の予想をはるかに超えた状況が繰り広げられていた。
「冗談だろ………」
 昨夜のライブ動画がネットに氾濫している。
 アクセス数も半端ない。
 中には携帯とかではなく、絶対望遠で撮っただろうという画像までアップされ、ベネチアンマスクとブロンドのかつらの自分がしっかり写し出されている。
 この調子だといったいどこまで広がっているのか想像もつかない。

 


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