個人ではなくマスコミの記事としても、新メンバーを小出しにしているのではなどというものはまだいい、謎のベネチアンマスク、幻のギタリストは一体何者だ、などと明らかにユーザーを煽っているものもある。
「ったくこれじゃ、まるでピエロだ」
自分自身を罵倒して、元気はパソコンを閉じると、リュウの散歩に外に出た。
この辺りは夕刻になれば風の温度も下がる。
短い通り雨だったが、雨の後ならぐんと涼しい。
東京にいた頃のことを思えば、窓を開けて、少しくらい寝苦しい時があっても扇風機でもかけていれば夜もぐっすり眠れる。
そんな毎日にすっかり同化していた元気だが、謎のギタリストなる、まるで見知らぬ自分が勝手に世の中に出て暴走しているのを見ているような気がする。
どっちにしても、ちょっとみっちゃんと話さなきゃな。
川べりの道を歩く元気の頭の中を、ネットの記事や動画がぐるぐると駆け巡った。
豪が余計な勘繰りをして、また諍いをするのを避けたいという思いもあって、元気とわからないようにこっそりやるのならいい、と浅野には言った。
だがこれではまるで逆効果だ。
よかれと思ったこっそりが仇になってしまった。
だからといってさっきの豪に、実はと言ったところで、馬の耳に何ちゃらだ。
「くそ、勝手にしろ!」
思わず口にした元気を、リュウが不思議そうに見上げた。
「びっくりした~!」
「いっきなり、何の前触れもなく出てくるんだもん!」
「でもずっとGENKI一筋だったのよ! あれを待ってたのよ!」
「そ、いつか戻ってくるって信じてた!」
カウンターに陣取ったOL二人連れは、さっきからカシマシイことこの上ない。
「わーん、もうサイッコウだったよぉ~、元気~!!!」
昼過ぎにドアを開けるなりそう言って伽藍に入ってきたこの二人には、「えーー、何のことだか~」などとしらばっくれても全く無意味なことは元気もよくわかっていた。
「結成当初からライブに通い詰めてたうちらをごまかそうたって、そうはいかないって」
確かに、名前は思い出せないが、この二人の顔は元気の記憶にもあり、ハハハ、と空笑いするしかない。
ネットでライブが流れて以来、こういう客がチラホラ。
早速携帯でみっちゃんに文句を言ったものの、「そんなこと言ったって、ネットでそんな大騒ぎになるなんて、予想はつかないしな。いやあ、去年は幻のギタリストとかって勝手に噂たてられたし、今年は謎のギタリストか。元気も苦労するよな」とのらりくらり躱されてイライラが倍増しただけだった。
とめどもなく「GENKI」関連のおしゃべりを繰り広げている二人は、会社の同期で夏休みを取ってわざわざこんな辺鄙な街にもかかわらず、元気の店にやってきたらしい。
「まあ、元気だってこと隠したい事情があるんなら、黙っててあげるから」
「でもさ、またやるでしょ? だって、元気のいないGENKIなんて、やっぱ嘘っぽいんだよね~」
仕方なく元気は黙って二人の前に、紀子にも太鼓判を押された特製コーヒーゼリーを置いた。
「サービスです」
にっこりして見せる。
「わあ、嬉しいっ! だから元気大好き!」
賄賂を堪能している二人の背中をチラ見して、「なーにが、だから元気大好き、よ、とっとと帰ればいいのに」とテーブルを片付けながら紀子がボソッと呟いた。
「うそ、美味しいぃい!!」
こういう元「元気」ファンがここ数日よく店を訪れるようになって面白くないのは紀子だ。
何しろずっと元気と一緒にいたにもかかわらず、ライブのことも知らされず、生の元気をまたしても見損ねたのだ。
やれやれ、とそんな事情からご機嫌斜めな紀子には細心の注意を払わねばならない元気は嘆息し、それでも自意識過剰かもしれないがこの店が辺鄙な田舎町でよかったと思うのは、日がな一日こういう「客」に店を占領されなくて済むことだった。
確かに、東京にいた頃は元気の携帯には女の子の名前がわんさか入っていた。
まゆみとかさとことかあやなとかまりあとか、うーん、あと誰だっけなぁ。
世の男どもが聞いたら怒りまくりそうなことを頭の中で呟いた元気には、他に名前が浮かんでこない。
女の子が勝手に入れたものもあるから、はっきり言って名前と顔が合致しない子もたくさんいるわけで。
そんなうちの二人かも知れない、カウンターのOL女子はコーヒーゼリーを食べ終えると、これから金沢周りで東京に戻るんだ、とようやく立ち上がった。
ところが間が悪いことに、そんな時に頭を少しかがめるようにしてぬぼっと大柄な男がドアをくぐって入ってきた。
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