鬼の夏休み5

back  next  top  Novels


 本谷のことも事務所のごり押しで主役を張らされたド素人だと、工藤は以前クソミソに言っていたが、『田園』にチョイ役で出てアップしたあと、『からくれないに』にキャスティングしたのは良太だが、彼は人気に違わずうまくステップアップできたわけで、今は徐々に力をつけてきたことを工藤も認めているようだ。
 工藤は関越に乗ると一気に軽井沢まで車を走らせた。
 良太がドラマ『田園』の撮影のことや宇都宮や竹野紗英、山内ひとみなど俳優陣の話をあれやこれやと話しているうちに、工藤はたまにぼそっと聞き返すくらいだったが、乃木坂を出た頃の機嫌の悪さも多少は緩和されてきたらしい。
「カンパネッラによってメシを食って行くか。まだ開いているだろう」
「そういえば、腹減った~」
 空腹を思い出した良太に、工藤はフンっとまた笑った。
 カンパネッラは軽井沢に行くと時間があれば大抵一度は訪れるイタリアンレストランだ。
 和食党の工藤にしては珍しく、気に入っているらしい店である。
 オーナーシェフの吉川は、工藤とというより、軽井沢の別荘に住み込んで管理している平造と仲がいい。
 ちょっとした自前の菜園で、平造はトマトや白菜、キャベツなどの一般的な野菜以外に、フェンネル、ラディッキョ、バンビーノなどのイタリア野菜を作っていて、吉川とは野菜の話になるとつきないらしい。
 以前、平造がぎっくり腰で入院した際も、吉川は良太が行くまで平造についていてくれた。
 仲がいいと言っても同年配というわけでもなく、吉川は高校の頃はやんちゃをしていて、平造によく怒鳴られたらしいが、ある時心機一転、イタリアで数年料理の修行をし、地元に戻ってレストランを開業したという、まだ三十代の青年だ。
「いらっしゃい、工藤さん、良太くん」
 ドアを開けると、ちょうど吉川が傍に立っていて、にこやかに二人を招き入れた。
「まだいいか?」
「どうぞ、今日最後のお客様ですね」
 そういうとドアのボードをクローズドに変え、厨房に入っていった。
 今は、店はホールスタッフ一人と吉川だけでやっているが、繁忙期には、ヘルプでもう一人年配のスタッフを頼んでいる。
「今日はオマール海老のグリル、牛フィレ肉のアッローストがおすすめです」
 ホールスタッフの今井青年とも二人は馴染みで、工藤が魚介を好むのをよく知っている。
「俺はオマール海老を、お前は牛フィレ肉だな?」
「はい、もちろん」
 大きく頷いた良太は、メニューを見ているだけで、涎が出そうになる。
 ここのところ、外に出ることが多く、良太にしてはちゃんとした食事を取っていなかった。
 といっても夜十時頃に部屋に戻ってからの、コンビニ弁当が比較的まともな食事だが、時間がなくて出先でファストフードで済ませたりしていた。
 ちょうど明日あたりから少し楽になると思っていた矢先の軽井沢である。
 工藤がスプマンテを頼み、良太はブルスケッタを齧りながらスプマンテをゴクゴクと飲んだ。
 続いて出てきたカルパッチョを食べ終えると、牛フィレ肉と一緒に出てきたルッコラのサラダも「これ、うまいっすね」などと言いながら、パクパクと平らげた。
「それだけガッツリ食えば、シェフも作りがいがあるだろうさ」
 健啖ぶりを発揮している向かいで、次はキャンティを開けてもらい、オマール海老をつついている工藤は言った。
「工藤さんはもっときっちり食べた方がいいんじゃないすか? 食事は大事です」
 苦笑を漏らしながら工藤はワインを手酌で継ぎ足した。
「平さん、人間ドックですって?」
 吉川がやってきて声をかけた。

 


back  next  top  Novels