「バカ、ひとりでホテルなんか泊められるか。俺もホテルを取るから、紀ちゃんの部屋も俺が取るよ。こないだのお詫びに」
慌てて元気は提案した。
「え、そんなあ……元気ってば、太っ腹! じゃ、豪もホテル泊まればいいよね」
紀子の発言にまたしても東が一人で反応する。
「じゃあ、早速、俺、ホテル見繕って予約入れとくわ」
「え、おい、豪」
これはもう、何が何でも一緒に行くという意思表示だ。
豪はバックパックをひょいと肩にかけると、スタスタと店のドアをくぐる。
「あ、元気、今夜、路傍、な」
豪が振り返ってドアから顔を覗かせた。
「あ、ああ」
何だか否応なく、という感じだ。
路傍でちょっと食べて飲み、そこから歩いて豪の家に向かう、といういつものパターンだろう。
まあ、喜んでいるのは豪だけではない、のだが。
「んじゃ、俺、帰るわ」
東が立ち上がった。
「おう、これから教室か?」
「そ、貧乏暇なし」
チャリンと東が小銭を出した時、また、豪が舞い戻った。
「あのさ、元気、うちの親に、元気のこと紹介するって言ったから」
一瞬、こいつ何を言っているんだ、と元気は意味を把握しかねた。
「何?」
「俺だって家族に紹介くらいできる。じゃあ、そういうことで」
スタスタと出て行く後ろ姿に、最初に反応したのは紀子だ。
「うっわー、何、元気、いよいよ? おとうさんおかあさん、この人が俺の……」
「バッカ、ダチだって紹介くらいする……」
あのバカ、みっちゃんから、何を聞いたんだ?
「いや、しかし、ダチだったら、わざわざ宣言してかないだろ?」
帰りそびれた東が口を挟む。
「うっわ! いよいよ! うっわ!」
千葉行きと豪の妙な宣言のせいで、ひとり有頂天になっている紀子を元気は眉を顰めながら見つめた。
大方、一平が元気を家に泊めた朝、両親に紹介した話でも聞かされて、豪のやつ、また敵対心燃やしたくらいが関の山だろう。
大体、紹介するっつったって、あいつんち鎌倉だったか? そんなところまで行く余裕はないし、何を一人で舞い上がってるんだか。
第一、なんつって紹介するんだよ?
親なんか一平の親みたくフラットに構えてるとは限らないんだぞ?
俺はもう金輪際とにかくゴタゴタはごめんだからな。
元気はしばし腕組みして、何だか足取りも軽く出て行った豪の残像を睨み付けた。
鼠色の雲がいつのまにか空を覆いはじめている。
何やら波乱含みの夏の伽藍は、まさしく台風にでも巻き込まれそうな様子を呈していた。
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