◆千葉へ行こう!
ざあっと夕立が通り過ぎて行った午後五時半を回った頃、伽藍にひょっこり東が顔を見せた。
「元気、あのお誘いってまだ有効?」
カウンターに座りしな、東が聞いた。
「どのお誘いだ? 記憶にないぞ」
「またまた、昨日言ってたろ? 週末に東京に行くってやつ。定員一人くらい平気なんだろ? 俺も乗せていけ」
それを聞いて元気は眉根を寄せて、あからさまに不機嫌な表情を見せる。
「みっちゃんのやつ、人を勝手にスケジュールに組み込みやがって。あれだって、タダシが入院するしないに関わらず最初から決めてたに違いないんだ」
カップを扱う手に思わず力が入りそうになる。
「まあまあ、どうせ行くんだろ?」
元気は東のいつものブレンドをカウンターに置いた。
「お前、教室があるって言ってなかったか?」
「あれからはたと、東京美術館でクリムト展やってるのを思い出したんだ。結構大々的にやってるらしいし、久々だから見に行くことにした。生徒には他の日に変更してもらったからOKだ」
小太りになってきた身体をゆすりながら、東はコーヒーをすする。
「クリムトって、お前あんなん好きだったか?」
「あんなんもこんなんも、あの官能美、嫌いな男はいないだろう」
嬉々としてのたまう東に、元気は小首をかしげた。
「官能美ってより、俺からするとクリムトって、あの時代のヨーロッパの重苦しい呻きみたいなものをどうしても考えてしまうんだよな」
東が元気とつるんでいるのは、もともと誰もが感じるようなことを一人別次元の感覚でみてしまうようなところのある元気に興味があったからだ。
「難しいことはいいんだ、とにかくクリムトみたいし、しばらく銀座の画廊もみてないしな」
「まあ、足代は浮くんだ、いんじゃね? どうせ豪が車出すってんだから」
元気はどうでもよさげに言い放つ。
「いや、ガソリン代くらいは」
「あいつが勝手に行くって言ったんだから、大船に乗った気でいればいいさ」
どうやらまたあのあと豪とひと悶着あったらしいと、東は邪推するが、どのみち痴話げんかだからと突っ込む気にもならない。
確か豪は、木曜まで北海道で仕事だと言っていたが。
「そういや、今日紀ちゃんは?」
東は店内を見回した。
今日は平日だからか、客があまりいない。
「克典と映画見に行った」
田舎街には映画館はない。
必然的に車でドライブデートとなるので、午後から休みを取っている。
「ホテルはどこにするんだ?」
東は早速具体的な話をふってきた。
「まだ決めてない。ホテルオーニシあたりにするか?」
「いいけどさ、俺の部屋、お前らとは違う階にしてくれよな」
「はあ?」
「お前らがベッドで暴れてる隣でなんか、とても眠れやしねぇ」
「暴れるってお前な………」
洗い物をしながらもまだ、みっちゃんへの恨みつらみが元気の頭に湧いて出る。
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