幻月58

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「それ、佐々木さんには言わないでくださいよ。直ちゃん、たまたま会社に来てあら捜ししてった刑事見て許せないって、藤堂さんも巻き込んで、『ベア』にアンダーカバー、自分でも反省してるって」
「ったく、藤堂のやつ、何やってたんだ」
 工藤は苦々し気に言い放った。
「いや、藤堂さんもまさか、あいつらが直ちゃんを連れ去るとか思わなくて、すごく責任感じてた」
「彼女に何かあったら責任感じるどころじゃないだろう、まったく」
 さらに渋い表情で工藤はグラスを取った。
「そうだけど。藤堂さんが悪いわけじゃないし、直ちゃんがとりあえずは佐々木さんに心痛を与えたくないから今は言わないことにするって」
 良太は赤ワインを飲むと、タリアータをせっせと口に運ぶ。
「わざわざ佐々木さんに報告すべきことでもないが、直子さんには一度カウンセリング受けさせた方がいいだろう。本人が気が付かないところで精神的にダメージを受けていることもある」
 さすがにその言葉は良太にもジワリと重かった。
「うん、わかった」
 二本目のワインを開けて工藤のグラスに注ぎながら、いつになく工藤が話をしてくれるのが、良太は嬉しかった。
 一週間や二週間、工藤が会社に戻ってこないことは今までにもいくらもあったのだが、その間言葉も交わせなかったなんてことはなかった。
 良太にとっては、工藤がいなかった時間はひどく長く感じられた。
 工藤の声を聞いているうちに目頭が熱くなって、そんなつもりもないのに良太の目尻から涙がポロリとこぼれて落ちた。
 工藤ははあと息をついた。
「お前はバカか」
 良太は慌てて涙を拭う。
「どうせバカだよ、チクショ……」
 良太があれこれと気をもんでいるだろうことはわかっていた。
 工藤の方は、案外規則正しい食事と休息にすらなったせいか、身体も調子がいい状態で出てきたというのに、案の定、迎えに来た良太は見た目にも痩せて、睡眠不足の顔をして、目を合わせると一瞬泣きそうに笑った。
 気を張って、仕事も滞りなく進めていた上に、やるなと言ってはいそうですかと聞くような良太ではないことはわかっていたが、千雪らと事件のあらさがしまでしていた。
 工藤は良太を引き寄せてキスした。
 本当にここにいるのだと確かめるかのように、良太は工藤の首に腕を回した。
「もう会えなかったらどうしようって……」
 そんな言葉が口をついて出る。
「ばーか、んなわけないだろ」
「万が一とか、言うなよぉ……ばっきゃろ……」
 そんな良太が可愛いと思わずにいられない自分を笑いながらも工藤はソファに良太を押し付けてさらに口づける。
 この際、工藤を檻の向こうに追いやろうとした組の抗争絡みの連中も無能な警察を罵ることもどうでもよくなって、そのまま良太の寝巻用ジャージを取り払うことにした。
 臭い飯をこれ以上食いたくなかったのは、良太に会いたかったからだ。

 


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