これってまさか、モディリアニとか?
紙の風合いといい、古びた感といい、それに額も骨董品みたいやし、本物やったらこの屋敷の昔の当主て、かなり目が肥えた人やったらしいな。
そこへ妖しいヤクザ者の怪老とくれば、何やらミステリーのひとつくらい書けそうな気さえしてくる。
「あのおっさん、背中に彫り物でもあれば、おもろいんやけどな」
そんなことを呟いた時だ。
「ヨーグルトです」
いきなりテーブルの近くで声がして、千雪は驚いて振り向いた。
「あ…おおきに。ノックくらいしはったら?」
「しましたけど、空調の音で聞こえんのでしょう」
「はあ…そうですか……ほな、いただきます」
千雪がソファに座って、食事に取り掛かると、老人は黙ってカップに紅茶を注いだ。
「ここかなり古いみたいやけど、築何年くらい?」
「さあ、明治の終わりとか聞いとりますが」
「ほな、百年は軽く経ってるわけか」
「耐震補強も一応去年やりましたんで、まだまだ使えます」
「へえ……」
すると老人はスリッパをもってきて、千雪の前に置いた。
「どうぞ」
「ああ、おおきに」
裸足で歩き回っていた千雪は、遠慮なくそれを履いた。
「家の方にはちゃんと連絡しましたかい?」
「え?」
何やらその怪老の口から出た言葉にしては不似合いな気がして、千雪は一瞬戸惑う。
「あ、いや、俺、ひとりやし。親、もういてないから」
「そう、ですかい。今日は月曜日ですが、学校はええんですかい?」
「今、まだ春休みやし……それよか、あのおっさん、どこ行ってん?」
老人は千雪の平らげた皿をトレーに戻していたが、しばしの間をおいて答えた。
「社長のことですかい? 社長は中軽のホテルでロケがありまして、そっちに行っとります。夕方までは戻らんと思います」
「ふーん……ロケねぇ……」
「夕飯は何かリクエストがあったら、言ってください。材料配達してもらいますんで、四時くらいまでには」
紅茶のセットだけを置いて老人が出て行くと、千雪は「なんか、まともやん」と呟いた。
いずれにせよ、せっかくこんなところに勝手に連れて来られたからには、いっそゆっくり静養させてもらわないことには、気がすまない。
気分転換にもなるだろう。
着替えてから、携帯の電源を入れてみたが、佐久間からと小夜子からの留守電以外、入っていない。
あそこまで完璧拒否したのだ、今度こそ京助ともケジメをつけられたわけだ。
ただ、強引で自分勝手で、うっとおしくまとわりついていた暑苦しいほどの存在も実際いなくなってしまうと、少し寂しい気もする。
「ちょっとだけな」
とりあえずそういうことにしておこう。
今は難しいことは考えたくない。
今は………
「……難しいこと……って、俺、何か、えらいこと忘れていた気ぃするで」
千雪は慌てて携帯のスケジュールを確認する。
「あかんわ……高梨さんに頼まれてたエッセイ、明日までやし……」
出版社の小説の担当者を通じて、年末に依頼された仕事である。
同社から出ている月刊の女性誌の編集者を紹介され、エッセイを書いてみないかと言われたのだ。
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