「良太、服は?」
落ちていたズボンだけ拾って良太に差し出すと、千雪はきいた。
「あのやろう、俺の服、ごみ箱に捨てやがった!」
慌ててズボンをはきながら、良太は頷いた。
すると工藤が上着を脱いで良太に引っ掛けた。
そんな工藤の妙に優しい仕草に良太は逆に狼狽える。
良太を抱えて出て行く工藤は、鴻池をもう見ようとはしなかった。
工藤たち二人のあとに続いて千雪もドア口で腕組みをしたままようすを見ていた京助を促して出て行こうとした。
「名乗りもしないで、人の屋敷に乗り込んで? あれは本名じゃないだろう? 関西弁の君」
何ら悪びれもせず鴻池が千雪に声をかけた。
「小林千雪いいます。いくらでも告訴できますし、勝ち目はこっちにありやいうこと覚えといてください」
振り返った千雪はそう答え、これには珍しくハトマメ状態で固まった鴻池を尻目に屋敷を後にした。
「なるほど。全く、これはまたすばらしいシナリオだ。見抜けなかったとは俺も落ちたもんだ」
彼らが去ると、ようやく我を取り戻したかのように椅子に座りなおし、薄笑いを浮かべて鴻池は呟いた。
撮影は翌日の夜中に再開された。
阿部の分は撮っていたため、良太の撮影分だけが行われたが、さほど時間がかからないで終った。
ディレクターには、秋山から昨日のうちに良太の事情がうまく脚色して告げられていた。
「広瀬くんに役を取られたことを妬んで、阿部が広瀬くんを拘束していたらしい。まったく、冗談じゃない! どんだけ周りが迷惑をこうむったと思ってるんだ! 阿部の事務所に断固として抗議するぞ!」
憤慨したディレクターは、スタッフや出演者に向かって怒りをあらわにした。
もっとも、阿部が一人悪者になった形だが、でなくても工藤に殴られて腫れあがった顔は人前にさらせるものではないだろう。
屋敷から逃げ出した阿部とは事務所も連絡がつかないらしい。
撮影が終わると、撮影陣や共演者に暖かいまなざしで見送られ、秋山とアスカに付き添われるようにスタジオを出た良太を待っている影があった。
「秋山さん、何か食べにいこ! おなかすいちゃった!」
アスカは工藤に気づくと、秋山を急かせ、良太を残してとっとと消えた。
「さっさと乗れ」
工藤がぶっきらぼうに良太を車に促した。
鴻池の屋敷から戻っても、良太は抱きしめようとする工藤を拒んだ。
工藤は良太の心を思い、仕方なく昨夜はそっとしておいてやることにしたのだ。
だが、今夜はいても立ってもいられず、車の中でじっと良太の撮影が終るのを待っていた。
「申し訳ありませんでした。もう、撮影終ったし、クビでも何でもしてください」
ボソリと言った良太に、工藤はしばらく高速を走らせると、車を停める。
「降りろ」
車を降りると、いつの間に横浜ベイに来ていたのだろう、ベイブリッジの影が大きく映し出されている。
空に浮かんだ月が鮮やかに輝いているのが見えた。
「ガキの頃、よくここに一人できていた。ダチもいなかったしな」
唐突な工藤の言葉に、良太は工藤を見る。
「いっちょ前に落ち込んだりもしてた」
一人ぼっちの工藤は、何を思い、ここで月を睨んでいたのか。
「最近だ、ダチのありがたさに気づいた。そんなうちの一人が、こないだのテロに巻き込まれた佐古だ」
そのセリフは、良太の心を締め付ける。
「証券会社の……」
「陽気なやつで、嫁さん、アメリカ人で二人目の子供が腹にいたんだ。ついその前の晩、二人で飲んだばっかで、事件を知って焦って会社に行ったが野次馬の中でウロウロするだけで中に入れるような状況じゃなく、やっと社員らしいやつを捕まえて佐古が入院している病院を聞き出した」
工藤は鉄の柵を軽く拳で叩いた。
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