小笠原が今日はオフだというので、良太は真中に引率を頼んでしまったが、仕事ではないので撮影を楽しんでみているようだ。
撮影が始まる前にメイクを直してもらっている宇都宮の横に、マネージャー田之上を見つけて良太は挨拶をした。
「今日はありがとうございました」
「いえ、会社の慰労イベント、ですか?」
「はい、うちの小笠原や社員の家族なんです。スタジオ見学を楽しみにしていて」
かなり長く宇都宮と二人三脚でやってきたという田之上は宇都宮より若干年が上で、もともとは俳優として事務所に所属していたようだ。
社長の覚えめでたいやり手らしいが、物静かで、極力宇都宮の意向を尊重している。
「こんなことでお役に立てれば。『田園』の時は良太ちゃんに何かとお世話になりましたからね」
「こちらこそです。宇都宮さんて、ほんと気配りの方ですよね」
「うーん、相手によりますよ?」
小首を傾げる田之上を良太はどういうことだろうと見つめた。
「あの人、やな相手だと口も聞かないから」
「え………そうなんですか?」
意外な話に良太は聞き返す。
「多分、良太ちゃんの周りには嫌な相手はいないんでしょう、あの人も楽しそうですよ」
いつも誰とでも和やかな人だと思っていたのだが。
宇都宮の嫌な顔なんか見たこともない。
確かに、今まで良太が見てきたうち周りに「やな相手」はいなかったということなのだろう。
「美味しい! すっごくいい香り」
紅茶を一口飲んだ亜弓が言った。
撮影が終わると、宇都宮は約束通りみんなをお茶に誘った。
スタジオ近くにあるカフェは紅茶が美味しいと口コミで評判になっているが、特に都会的でもお洒落ということもない、ありふれた喫茶店だ。
この辺りではかなり古くから知られた店で、今のオーナーが二代目だという。
自家製のケーキも素朴だが美味い。
ただし、テイクアウトはできないから店に来ないとその美味しさはわからない。
「でしょう? あのスタジオに来た時は大抵寄るんだ。このレトロ感、何か地元の喫茶店を思い出すんだよね」
宇都宮はにっこり笑う。
テーブル席が四つ、カウンター席がいくつかと、この大テーブルはたまにこうやって何人かの集団で来る客にも対応できるようになっている。
「宇都宮さん北海道のご出身ですわね」
鈴木さんが聞いた。
「ええ。まあ北海道といっても俺の出身は釧路で、高校までは寒くて陰気な街と思っていたから早く出て行きたかったんですよ」
「大学から東京へ?」
ゆかりが尋ねた。
「M大受かった時は飛び上がりそうに喜びましたけどね。学生の時はバイトと飲み会に明け暮れてろくに勉強もせずに辛うじて卒業っていう」
ハハハと宇都宮は笑う。
「学生の頃からもうドラマに出てらしたから」
とは鈴木さんだ。
「『湘南ものがたり』、録画して何度も観てましたわ」
ゆかりの言葉には力が入っている。
「いや、それ俺がデビューして三回目くらいに出してもらったドラマですよ。大学二年の時」
さすが鈴木さんやゆかりは宇都宮ファンとしても年季を感じさせる。
良太がいいと思った宇都宮のドラマは『審判』でシャープな裁判官の役だった。
学生の時に見た記憶がある。
「私は『陽だまりの家』が好き!」
「『審判』シリーズ、カッコよかった!」
「俺も『審判』みたことあります。なんかスカッとしますよね?」
亜弓と美琴、それに真中が口にしたドラマと『湘南ものがたり』とは約十年ほど開きがある。
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