笑顔をください30

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「小学生の時な。発表会で、俺のポケットから飛び出したかえるが演奏してたやつのピアノに乗っかって大騒ぎになったんで、先生が俺にもう来なくていい、ってんでやめたよ」
 志央は肩を竦める。
「ああ、それ! お前が発表会滅茶苦茶にしたってやつ? お前って昔っからいじめっ子だったもんな」
 幸也が自分を棚に上げて皮肉った。
「人聞きの悪い。あの時は練習する暇もなく迎えた発表会だったから、じいさんの顔をつぶすことにならなくてよかったんだ」
「くだらない話をしている場合じゃないでしょう? 城島さん」
 後ろから呆れかえった勝浩が口を挟む。
「ちなみにあなたにかえるを投げつけられて演奏を中断させられたのはこの俺でしたけどね」
 振り返った志央も幸也もさすがに二の句が告げない。
「え、それは、知らなかった…いや、すまなかった…。あ、じゃあ、堺、弾けるんだろ?」
 すぐに気を取り直して、志央はそう提案してみるが、「ショパンなんて無理ですよ」という答えが返ってくる。
 プログラムの演目はショパン。
「とにかく、誰か、ピアノ、弾けるやつ…」
「七海なら弾けるみたいだけど…」
 勝浩から思いがけない言葉が零れた。
「確か、あいつ幼い頃からピアノをやっていて、かなりの腕みたいだし…」
「七海が…?」
 志央は躊躇する。
 きっと俺のことを軽蔑している。
 七海が簡単に引き受けてくれるわけ……。
 しかし、生徒会長の仕事として七海と口を利くことができることが、嬉しくさえ思える。
 七海は裏方として手伝いながら、その日も舞台の脇で勝浩のナイトの役割を果たしていた。
 志央が要望を伝えると、むっとした表情を向けていた七海だが、「別に、いいですよ」とぼそっと口にした。
「演目はプログラムに関わりなく、君に任せる。この際、『猫踏んじゃった』でも、俺が弾くよりマシならかまわないから」
 ちょっと茶化して言ってみた志央だが、青い目の七海の視線はひどく冷たくて、志央の心をまた凍えさせる。
 当然か、それだけのことをしたんだから。
 岡野の番になると、急病で弾き手が変更になった旨を志央が伝えた後、みんなが見守る中、ステージに上がった七海は一礼してピアノの前に座った。
 演奏が始まると、一瞬にしてホールは静まり返る。
 大きな体の大きな指が軽やかに鍵盤の上を走る。
 ショパンのポロネーズが七海そのままの力強いタッチで会場に流れていく。
 やがてポロネーズを弾き終えると、ギャラリーの絶大な拍手と掛け声まで混じる中、七海は今度は即興曲を弾き始めた。
 華麗なファンタジーが流れ始めると、「やるじゃん、あのヤロー」と志央の隣で幸也がボソリともらす。
 さらに七海はプログラムどおり、最終演目のエチュード3番を弾く。
 七海の指が奏でる甘美なメロディは、志央の一番奥にあるものを刺激する。
 俺にはナイフみたいだ。
 志央は胸に強烈な痛みを覚えた。
 外科的な治療は不可能な痛みだ。
 拍手が巻き起こる。
 アンコールの声までかかるが、七海はぺこりと頭を下げ、とっととステージの袖に引っ込んでしまう。
 と、そこに立つ志央と視線が絡まった。
「助かったよ、猫ふんじゃったじゃなくて。たいした腕前じゃないか」
 そんな憎まれ口をたたく志央に、「はあ、どうも」と、七海は無感情な視線もすぐにそらすと、志央の横をすり抜け、勝浩の傍に寄り添った。

 


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