『田園』ではちょい役程度に思っていたのが、やたらシーンが増え、科白ももちろん増えているわけで、自分だけではない、アスカもおそらく疲れているに違いない。
オフィスでくらい、文句の一つや二つ言ったって一向にかまわないのだ。
「携帯忘れたくらい、しょうがないって。そういうのフォローするのが俺の仕事なんだしさ」
良太はブツブツと独り言ちながら、アクセルを踏んだ。
スタジオに近づいて、駐車場の方へ左折しようとしたその時だった。
駐車場から入れ違えに出てきたベンツに気が付いた。
見覚えのある車に運転席を見ると、やはり工藤だった。
しかも、ナビシートにはなんと本谷が乗っていたのを良太は見逃さなかった。
「え? 何? 何で………?」
良太はアスカに携帯を届けてすぐに下柳のところへ向かったのだが、気もそぞろで下柳の話を聞き返したり、最後まで注意力散漫で下柳にはどうかしたのかと心配された。
「良太ちゃん、ちょっと今日はもう帰った方がいいな。疲れがたまってるんだろう」
挙句には言葉はやわらかいが、それじゃ仕事にならないとダメ出しされた。
部屋に戻り、猫たちにご飯をやって、風呂に湯を張って身体を沈めると、ようやく良太は自分が少し戻ってきたように感じた。
「何で………」
本谷が工藤の車に乗っていたんだろう。
おそらくちょうど工藤の行く方へ本谷も用があったのだ。
きっとそうに違いない。
本谷のマネージャーは、そろそろベテランの域に入ったちょっと面倒な女優も担当しているため、もちろん本谷のバックアップに手を抜いているわけではないだろうが、新人とはいえ本谷が社会人から入ったしっかり者だとみていて、都内であれば送り迎えは滅多にせず、本人に任せているらしい。
タクシーなど使わずに電車や地下鉄で動くことも多いようで、良太も地下鉄の階段を降りていく本谷を見かけたこともある。
だから工藤も電車で帰るらしい本谷に声をかけたんだろう。
普通なら、それも十分ありな理由だ。
ただ。
工藤に限っては、そんな親切なオジサンだったことなんかこれっぽっちもなかった。
唯一、千雪を除いては。
でも、本谷は千雪ではない。
「しかも、車は別々で、ってこのタイミングで?」
一人で考えてたってらちが明かない。
だったら、工藤に直接聞けばいいじゃん。
アスカの言う、ド直球で。
けれど。
「俺というものがありながら! とか、いうような間柄でもなんか約束をしてるわけでもないしな」
そもそも、あの告白大会を盗み聞きなんかしたからなのだ。
でなければ変に気を回すこともなかったわけで。
けどな。
「仮に俺はあんたの何なんだよ! って聞いたって、答えはわかってるし、部下、だ」
風呂から上がって缶ビールを手に、一人でそんなことを口にする良太を、二匹の猫は不思議そうに見た。
「もし、なんであの時、本谷、車に乗せてたんだよ? って聞いたとする」
良太は、そこで大きくため息をつく。
「お前には関係ないことだ、…………とか」
工藤なら言いそうだ。
「それ、言われたら、今回は、立ち直れるかどうかわからねぇ、俺」
良太はビールを飲み干して、バタリ、と絨毯の上に倒れ込む。
「寝よ」
翌日の午前中、良太はオフィスでデスクワークに没頭した。
仕事だけはきっちりやらないと、どこからか良太という存在自身が崩れていきそうな気配がした。
キータッチばかりが響き、黙々とノートパソコンに向かう良太に、鈴木さんも必要最低限しか声をかけてこなかった。
それから数日、工藤と良太はオフィスに戻ってきてもすれ違いが続いた。
ある日の午後、出かけようとしている工藤とばったり出会った良太は、久しぶりに、実際は三日しかたっていなかったのだが、工藤の顔を見てひどく嬉しかった。
「レッドデータ、進んでいるか?」
「はい、制作の方はヤギさんの力の入れように周りが息を切らしてますけど。CMの方は来週、撮影に入ります」
「そうか、そっちに気を取られて『パワスポ』も手を抜くなよ」
いつものごとくそっけなく言うと、工藤はたったかオフィスを出て行った。
どれだけ忙しくたって、会いたければ会うだけの話だ。
もし、好きだったら会いたいに決まってる。
「良太ちゃん、どうかした?」
うっかり、工藤の去ったドアをしばらく見つめていた良太は、鈴木さんの声に我に返った。
そうだよな、俺は、仕事に来てるんだし。
「良太ちゃん、お昼買ってくるけど、どうする?」
「あ、いいですか? お願いして」
「じゃあ、またマルネコさん、行ってくるわね」
「俺、今日のお任せで」
「了解!」
ここ数日、外ばかりだったので、鈴木さんと昼を食べるのも久しぶりだ。
鈴木さんも良太のことを心配してくれているのはよくわかっていた。
そうだ、俺は仕事にきてるんだ。
良太はもう一度自分に言い聞かせた。
工藤が誰と付き合おうと、本谷とどうなろうと、俺には関係ないことだ。
風がそよぎ始めた。
夕方から雨だと、車の中で天気予報を聞いたのを良太は思い出した。
曇天の空が、良太の心の中にも広がっていった。
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