風そよぐ26

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 水曜日になるともう夏の気配がすぐそこまできてかなり蒸し暑かった。
 夕方、白のステーションワゴンが青山プロダクションの駐車場に停まった。
「やほ! 迎えに来たよ」
 良太はオフィスのドアが開いて颯爽と入ってきた、白のTシャツにジーンズ、サングラスの長身の男を見上げてちょっと驚いた。
「まあ、宇都宮さん」
 帰り支度をしていた鈴木さんも足を止めてサングラスを取った渋いイケメンを見つめた。
「え、びっくりした、宇都宮さん、俺、自分で行ったのに」
 まさか宇都宮自身が迎えに来るとは、良太も思っていなかったのだが。
「まだ仕事中なら待ってるよ」
 宇都宮は気さくに言って、ソファに腰を降ろした。
「あ、はい、すみません、あと一枚なんですが……」
 良太は慌ててキーボードを叩く。
「どうぞ」
 帰りがけていた鈴木さんがすぐにアイスコーヒーを持って宇都宮の前のテーブルに置いた。
「すみません、急におしかけて」
「これからお仕事ですの?」
「いえ、ちょっと良太ちゃんと約束してて」
「まあ、そうですの。ごゆっくり」
 鈴木さんが帰っても、まだ良太の仕事は終わらなかった。
 その間、宇都宮は呑気そうに、ラックに置いてある雑誌などを見ながら、静かに待っていた。
「お待たせしました」
 慌てて良太が立ち上がると、「慌てなくていいからね」と宇都宮は微笑んだ。
 猫たちにご飯をやってから着替える間もなく駐車場に降りていくと、宇都宮が車にもたれて待っていた。
 この人、ほんと、イチイチポーズがさまになるよな。
 自然にやってるってのがもうセンスってことだな。
 宇都宮にナビシートに促されて良太が乗り込むと、車は通りへと出て行った。
「もう、鍋の用意はできてるからね」
「え、そうなんですか? って、宇都宮さんが?」
「実は俺、料理好きなんだ。たまにやるからだけどね。楽しみにしてて」
「はい」
 宇都宮のような男が料理をやるとは意外だと良太は思った。
 あ、でも前に一緒に食事した時、ちゃっちゃか料理を取り分けてくれたりしてたっけ。
「え、やっぱ、ひとみさんと須永さんと俺と、四人だけなんですか?」
「まあね、今日はゆったり飲みたいしさ」
 シンプルな白いベンツのステーションワゴンは滑るように麻布通りから第一京浜へと走った。

 やっぱ宇都宮さんクラスの俳優さんとか半端ないや、すげぇ、工藤や河崎さんとこといい勝負だわ、これ。
 同じような低層型のペントハウスでタワーマンションのような雲上人的な雰囲気はないが、セキュリティやプライバシーにはとことん配慮してある。
 良太が宇都宮のマンションのリビングで、一面に広がった夜景に見入ってから五分とたたないうちに、ひとみがワインや日本酒を抱えた須永を従えてやってきた。
「素敵じゃない!」
 入るなり感嘆の声をあげたひとみは、今夜はTシャツにパンツというラフな装いで、しかし須永はきっちりスーツを着込んでいた。
「それにしても見事になーんにもないわねぇ、だだっ広いリビングにソファセット。モデルルームじゃないんだから」
「まあねえ、でも、ほとんど寝に帰るだけだし、俺一人だから、寝室以外はほとんど使わないからなあ」
 宇都宮は苦笑しながら、「鍋とか運ぶのちょっと手伝ってくれる?」と良太に声をかけた。
「あ、はい」
 良太は上着を脱ぐと、ソファの背に引っ掛けて宇都宮の後についていった。
 広いアイランド型のキッチンには、既に出しの入った土鍋や、切った具材などが大皿に盛ってある。
「うわ、いい匂い!」
「ああ、これ?」
 もう一つの鍋の蓋を取ると、甘鯛とあさりの香りがさらに広がった。
「美味しそう!」
「良太ちゃんが送ってくれた甘鯛、早速使わせてもらった」
「なんか俺、ここんとこ、飲み会づいてます~、能登も面白かったし」
「働きづめだったんだからいいんだよ」
 宇都宮は柔らかい笑顔を良太に向ける。
 ひとみは何にもできないので、器などを並べるくらいが関の山だったが、宇都宮はソファの前の大テーブルに置かれたクッキングヒーターに大きな土鍋をセットし、良太が具材や肉などを運んできた。
「すごい! アクアパッツァなんか作れるんだ?」
 ひとみがまた感嘆した。
「白ワインで煮込むだけだよ。こっちは岩牡蠣の酒蒸しね」
「ああ、いい香り~」
 須永もグラスなどをキッチンから持ってきてテーブルに並べる。
「やだもう、須永ちゃん、上着なんか脱ぎなさいよ、暑苦しいわね」
「あ、忘れてた……」
 須永はベテラン人気俳優の家に向かうというので、失礼のないようにときっちりスーツを着込んできたのだが、部屋はエアコンで涼しく、そのまま動いていた。
 あっという間に宴会が始まった。

 


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