風そよぐ48

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「本谷くんがなかなか殻を突き破れないでいることでしょう、当然」
 秋山は至極淡々と言った。
「ああ…。まあ、そうね、ちょっと良くなった感じはするけど」
「だがまだ、彼の中で暗中模索状態なんでしょうね。ただ、あの本谷くんが、暗中模索状態まで来ていることには、少々驚きですけどね」
 秋山はアスカを送って部屋の前まできて苦笑した。
「何気にちょっとひどい言い方じゃない? あんなに伸びると思わなかったとか?」
「そうですね、あの手の大きな事務所ではちょっと人気が出れば、いきなりドラマの主役を張らせたり、それでものにならなければすっと梯子をおろす。タレントは使い捨てですからね。でも……」
 秋山は腕組みをして続けた。
「誰しも飛躍のチャンスはどこかにあるので、ただ、それを生かせるか生かせないかで決まるんでしょう。彼が事務所につぶされずにすんでいるのは、チャンスの糸口を掴んだからです。工藤高広というね」
 その言葉にもアスカは反応してムッとした顔をする。
「本谷が、これから大俳優に化けるだろう磨きがいのあるダイヤモンドだとでも言いたいわけ?」
 秋山は「そんなことは言ってませんよ」とアスカの発言を即座に否定した。
「工藤さん、以前知り合いに頼みこまれて本谷主演ドラマに関係することになった当初、学芸会以下だとかクソミソだったって、良太が言ってたの覚えてませんか。実際そうだったんですけどね、工藤さんにどやしつけられても、本谷、意外と打たれ強かったんでしょうね、多分、営業で鍛えられたって言ってましたから、功を奏したのかも。それが、工藤さんの本谷に対する印象を変えたんでしょう」
「ふーん、それで手取り足取り、工藤さんが飛躍させようとしてるって?」
 すると秋山は低く笑った。
「まさか。あの人はそんなに親切なひとではないでしょう。あくまでも飛躍するのは本人と言う人ですから。でもドラマ一つをいい出来に仕上げるためには、ここで本谷がある意味化けてくれることがかなり大きなポイントになると、工藤さんは見てるんでしょう」
 そう言われると、アスカも頷かざるを得ない。
 制作スタッフと俳優陣がタッグを組んでドラマという作品を作り上げるのだから。
「ただし、ドラマは作る前に、誰を何をチョイスするかで大きく左右されますからね。最近、うちが関わったドラマとかのキャスティングって、誰が決めてるか、知ってますか?」
「キャスティングって、だって、『田園』とかは坂口さんと工藤さんでしょ? 『からくれないに』だって、ユキの原作だし、工藤さん力入れてるから」
「まあ、メインとかは坂口さんがアテガキって気もしないではないけど、宇都宮さんと竹野とかはね。でも実は坂口さん二人以外誰も考えてなくて、工藤さんに丸投げと思いきや、良太がこぼしまくってる通り、そのまま丸投げされてる」
 アスカは顔を上げて秋山を見た。
「良太ちゃんです。この『からくれいないに』なんかほぼみんな。『田園』のキャスティングなんか、後で工藤さんに聞いた話ですけど、小樽で工藤さんや宇都宮と坂口さんが顔を合わせた時、良太もいて、坂口さんがキャスティング誰がいいか聞いたら、奥さん役はひとみさんしか思い当たらないって。で、そのまま、GO」
「ウッソ、何よそれ!」
「アスカさんと奈々ちゃん、良太が頭下げたでしょ? 竹野が出るなら共演NGって割と多いらしくて決まってた女優が降りたんだよね」
「そりゃ、良太にお願いされたら、嫌だとは言わないわよ」
「本谷もね、実は竹野と付き合ってた日下部がひどい振られ方して役を降りたからって、坂口さんが良太に誰かいないかって聞いたら、本谷はどうかって、良太が。別に工藤さんが本谷推してるってわけじゃない。『からくれないに』も千雪さんが推薦したとかって話になってるけど、千雪さん、俳優とか知らない人だしね」
 良太から聞いた、本谷が工藤に告った話というのは、本谷主演のドラマの頃だから、良太は工藤のこととは関係なく本谷をキャスティングしたということになる。
 アスカは頭の中で分かっていることを並べて確認をした。
「実際、最近の青山プロダクションって、工藤さんが動かしているようにみえて、実はその工藤さんを動かしているのは良太だってことですよ」
「何が言いたいのよ」
「いや、良太ちゃんを侮っちゃいけないってことですよ。彼は会社のお陰で生きてるとかじゃない、稀代のプロデューサー工藤さんや坂口さん、監督や脚本家を陰で動かしてる。それこそ実は良太Pが工藤さんを動かしてるんじゃないか?」
 くすりと笑い、秋山はつづけた。
「良太は工藤さんが忙しすぎて良太に丸投げしてるって思ってるみたいだけど、あの工藤さんが、信用できないやつに丸投げするわけないでしょうが。現にアスカさん、出番が増えたってこぼしてたけど、それってアスカさんが評価されているってことでしょ」
 その言葉はアスカも納得できた。
「それで? ひとみさんと何を企んでるんですか?」
「え……」
 これだから秋山は油断がならない、とついアスカは口を尖らせる。
「本谷のことですか?」
 アスカは眉をしかめて秋山を見つめた。
「アスカさんがわかっちゃったんだから、俺にわからないはずないでしょうが。本谷、工藤さんのことを見る時、まるで恋してますって目で見てるし、あれじゃ、何考えてるのかダダ洩れ状態です」
 相変わらず何を考えているのかわからない顔をして、秋山は状況をしっかりと把握している。
「だから、工藤さんが何で本谷にそんなの許してるのかって思うじゃない! なんで、良太がいるのに」
 アスカは感情が高ぶって、目頭が熱くなった。
「仕事のことは別としてもよ? だって良太ってば、本谷がうまくいかなくて悩んでるからって、自分のアホな経験談まで話したりして一生懸命なのよ」
 アスカは、朝、良太と本谷が二人で話しているところをさりげなくチェックしていた。
「工藤さんなんか、昔、良太のこと、こいつには商品価値がないなんて言っておきながら、本谷には、ちょくちょく顔を出して気を使ってやったりして、おかしいんじゃない? 坂口さんだって認めてるのに、本谷がダイヤモンドの原石になれるかも知れないんなら、良太なんかとっくに原石だったわよ!」
 すると秋山ははあ、と一つわざとらしい溜息をついた。
「まあ、ね、あの言い方には語弊がありましたよね。工藤さんもいろいろ複雑なんですよ。それに工藤さんは、本谷のことは仕事以外の目では全く見てませんよ。仕事にイロコイは持ち込まない人ですし、あの人はいささか周りの秋波に疎いところがありますから。でも、工藤さんに恋してるって気持ちが本谷を成長させるんなら、それはそれでいいと思いますけどね」
「秋山さん、それ、工藤さんよりひどいから」
 軽く秋山を睨み付け、アスカは「工藤さんにはちゃんと恋人がいるのよって、本谷にわからせようって思って、ユキを店に呼んだのよ」と吐露した。
「だって、良太が、工藤さん、本谷に本気なんだって思い込んで、引っ越しまで考えてるってのに、ほっておけないでしょ!」
「それは由々しき問題ですね。良太がいなくなったら、青山プロダクションは終わりです」
「ちょっと、秋山さん! だから、あたしは会社ってより、良太の心配してるんだってば」
「東京に戻ったら、少し良太ちゃんのことを注意してみてみましょう。ちょっと意固地になっているのかもしれません。とにかく今夜はあまり考えすぎず、ゆっくりお休みなさい」
 ムキになって訴えるアスカにも、冷静にそう答えると、秋山は自分の部屋へと向かった。
 

 


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