「うわ、すげ…京都が丸ごと見える」
走るごとについ声を上げる良太に苦笑して、「保津峡展望台でちょっと停めてもらえますか?」と工藤はタクシーを待たせて展望台へ向かう。
観光客がそぞろ歩く展望台から見降ろすと、山々の底に保津川が流れ、トロッコ列車が走るという鉄橋も見える。
「これ、秋とか冬とかもきっとすげぇ絶景ですよね」
夏の緑が覆う京都洛西の山々が陽に映えて眩しい。
ただ、隣に立つサングラスの工藤は、道行く観光客に、何者? という目を向けられているのに、良太は空笑いする。
ちぇ、タクシーとかじゃなくて、二人でならよかったのにさ。
「この山々全体を背景に匠の舞を重ねて見せる。確かに秋や冬もいいが、この新緑から深い緑へと連ねる色の波を幾重にも重複させて広がりを表わす」
ってやっぱ仕事の話かよ。
良太は笑みを浮かべる。
「新緑から深い緑、ですか。ああ、そうですね、匠の雰囲気って、そんな感じですよね、朝露が乗っかった緑みたいな」
「珍しく、文学的なセリフじゃないか」
「うるさいです。俺だって本くらい読みますから」
軽く揶揄する工藤に良太は抗議する。
「どうだ、匠は」
「やっぱ、撮影になるとまるで違いますよね、話してる時と、ホンモノってか。能とか俺見たことないですけど、匠の舞とか見てて、幽玄っていう単語の意味がやっとわかりましたよ」
「お前、能もみたことないのか」
すると工藤のバカにしたようなセリフが返る。
「すみませんね、そんな暇ないし」
ちょっと嫌味を込めて良太は言った。
「今度、手配してやろう」
「え、いいですよ、そんな」
「遠慮するな」
いや、遠慮ってより、これも新手のイジメだ。
「あ、そういえば、前に、佐々木さんが、たまに能を見に行くとか言ってました。やっぱクリエイターはいろんなところからひらめきを得るってことですよね」
タクシーに戻ると、嵐山に向けて走り出した。
「HIDAKAの方は、佐々木さんは手一杯らしく、角田まどかを使うらしい」
「角田まどか、って、大岡クリエイトの? 大手ですね」
「昔、河崎と一緒に仕事をしたことがある」
角田まどかって、佐々木さんと肩を並べるクラスのクリエイターだよな。
確か、工藤の同年代?
う………、またまた、新たな女じゃないよな。
ああああもう、バカなことしか考えられないこの頭を勝ち割りたい!
良太は一人つまらないことで頭をぐるぐるさせる。
「野宮神社あたりへ」
運転手に工藤が告げ、ちょうど混む時間帯で神社近くの通りで降りた頃には夕暮れが近くなっていた。
「神社行くんですか?」
良太は野宮神社と矢印にあるのを見て工藤を見上げた。
「その先に竹林があるだろう。そこでまたロケだ」
「ああ、そういえば、以前、千雪さんと行ったことありました。あの、『春の夜の』のKIRIYAが京都に行かないで曲なんかつくれるかってんで、さっと通っただけでしたけど」
二人は石畳の路地を神社の方へと歩く。
KIRIYAは良太にとっては黒歴史パート二くらいな思い出したくない相手だが、それでも出来上がった音はすごかった。
「今回、音はクラシックだ。匠がビバルディがいいというので、おそらくバイオリン協奏曲あたりをやることになるだろう」
「ビバルディ、ですか」
やれやれ、能にビバルディって、どんだけ芸術に親しめばいいんだよ。
「わかるのか?」
「わかりますよ、四季とかでしょ?」
フンと工藤はせせら笑う。
ちぇ、わるかったな。一般人が常識的に知ってるくらいしか知らないんだよっ!
良太は心の中で喚く。
竹林に入ると、そこは確かに独特な風雅な世界を醸し出していた。
高雄の北山杉も奥の方はどこか別な世界へと続いているかのような不可思議なものを感じたが、薄暗い竹林の奥には何か潜んでいそうな怪しさもある。
「ほんと、日比野さんじゃないけど、京都って摩訶不思議なとこ、いっぱいありますよね」
すると工藤はハハハと笑う。
「何で笑うんですか」
「お前のその、幼稚園児から同じキャラだろうってのはいいんじゃないか」
「え、なんすか、それ! ガキよりもまだ下だっていいたいわけかよっ!」
工藤はそれには応えず、笑いを浮かべたまま歩く。
その時、どこかで雷が鳴った。
「うわ」
良太は隠れるように工藤の後ろに移動する。
「何だ、雷が怖いのか?」
「雷をバカにするとバチがあたるんだぞ! って誰かが言ってたぞ!」
また、今度はさらに大きな音で雷が鳴った。
「近くなってる? 早く行こ!」
良太は途端に、早足になる。
「まだ遠いから落ちやしない」
工藤は言ったが、その時、ぽつりと雨粒が竹林の間から額に零れ落ちた。
「仕方ない、戻るか」
「え、戻るんですか?」
「そっちに行っても出られないからな」
良太は踵を返すと、工藤をせかして歩き出したが、やがて雨脚は強くなってきた。
野宮神社が見えてきたころには、雷雨は本降りになっていた。
しばし軒先を借りて雨がやり過ごそうとしたが、止みそうにない。
雨が降ってきたからだろう、斜め向かいの店がビニール傘を軒先に出した。
「ちょっと傘、買ってきます」
良太はたたっと走って店に入り、傘を二本買って戻ってきた。
「かなり濡れたし、歩くか」
工藤は傘をポンと刺すとそう言った。
「どこ行くんですか?」
それには答えず、工藤は雨の中をゆっくりと歩く。
スーツも靴も濡れてしまったし、このままタクシーに乗るのも良太は気が引けた。
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