窓の外にはすっかり夕闇が降りていたが、雨は止んだようだった。
雷の音も聞こえない。
「何だ、待ってないで食えばよかったのに」
風呂のドアが開いて、工藤がタオルで頭を拭きながら出てきた。
「そういうわけにはいかないだろ」
ぼそぼそと良太は反論する。
「ビールでいい?」
「ああ」
良太瓶ビールの蓋をあけ、工藤が差し出したグラスにビールを注ぐと、自分のグラスにも注いだ。
何にともなく、グラスを合わせ、飲み干したビールはCMでいうようなセリフを思わず口にしたくなる。
工藤も軽く空けると、「いいから食え」と瓶を持って二つのグラスに注ぎ分けた。
「いただきます!」
一端箸をつけると、もう止まらない。
このクルマエビうまいです、揚げ出し豆腐ってこんなうまいもんだったんですね、このナスって、京都のナスですよね、しばらく堪能してから、良太はそんなことを並べ立てる。
「しかもステーキ付きって、最高っすよね」
きれいにステーキも平らげて、良太は工藤が注いでくれた冷酒を口に運ぶ。
「これ、うっまい」
工藤は笑みを浮かべながら工藤にしては結構平らげ、冷酒を手酌で飲んでいる。
「でも、あれですよね、匠さん、そうゆう代々受け継がれてるとかの宗家なんかに生まれると、いろいろ面倒なことも多いみたいだし、何より野球もやれなかったなんて、俺、そんな家とても耐えられないな」
「まあ、お前はそんな面倒な家には生まれないだろうさ」
「なんすか、それ」
頬を赤くして良太はムッとする。
「きっと生まれる前にお前ならここじゃねぇとかって、わかるんじゃないか」
「それ、バカにしてます? まあ、確かに、匠さんとか見てると、生まれるべくして生まれたみたいなものがありますよね。でも、よく飛び出せましたよね。反対されなかったのかな」
良太は素朴な疑問を口にする。
「されただろう。だが、それ以前に祖父が養子にしてしまったから、後の祭りだったようだ。何より本人が、家や父親を嫌っていたらしい」
「ふーん。沢村も自分の親とか嫌ってたけど」
「お前はそんなことわからなくていいさ。幸せな家庭に育ったんだ」
良太にはその言葉が工藤の本心からのものだという気がした。
境遇や家族のことなど、人それぞれで比べるべきものなどないのだろうが、工藤の場合、母親は自死、父親は米軍人とだけしかわからない、しかも祖母の夫は暴力団組長など、どこにでもある話ではない。
借金を背負っていようと、自分の家族は元来能天気な幸せな家族なのかもしれない。
やがて膳を下げに来た中居と一緒に、女将が既にクリーニングされたスーツや洗濯ものを持って現れ、おそらく特急で仕上げてくれたのだろう、手際よくクローゼットにしまった。
「ほな、ごゆっくり」
退室する際、女将に朝食は何時にと問われて、工藤は九時にと遅めの時間を指定した。
今更ながらに、良太は、ひょっとして工藤は良太の快気祝い的な、ご褒美的な意味でこんな豪勢なところに連れてきたのだろうか、という考えがよぎった。
でも雨が降ったからとか言ってたしな。
残してあった冷酒を工藤がまたグラスに注いでいると、携帯が鳴った。
「ああ、こっちは順調だ。そっちはどうだ」
おそらく秋山だろう、しばらく仕事の話をしている工藤の向かいで、手持無沙汰の良太は冷酒をちょっと飲み、一緒に置いていってくれたチーズをつまんだ。
と、ややあって良太の携帯も鳴った。
「おう、今、京都。え、俺に聞くなよ、お前まさかまた佐々木さんを怒らせたんじゃないだろうな」
沢村である。
携帯の時刻は九時を回ったところだった。
「怒らせるかよ! 俺はお前を心配してんの」
「俺はもう全然、平気だよ。今夜、神宮だろ? どうだったんだよ」
「何だよ、チェックもしてねぇのかよ。四の二だ」
「ワリぃな、仕事、で忙しかったんだよっ」
ウソのつけない性分はそんな時、言葉がつっかえる。
「仕事って、映画の?」
「まあ、そうだよ」
「お前、仕事し過ぎじゃねぇの?」
「怪我してから、ゆるくやってるって」
その時、背後からいつの間にか電話を終えていた工藤の腕が良太の腹にまわった。
思わず声を上げそうになって、「んじゃ、明日、早いから」と良太は慌てて携帯を切る。
「ちょ、何………」
「寝るぞ」
振り返った良太を抱え上げるように立たせると、工藤はそのままベッドに連行する。
「何でパンツなんか履いてるんだ、ジラシか?」
抵抗も何もさせる間もなくベッドに押し付けた工藤はさっさと良太の浴衣をはだけた。
「なっ……! 着替え用に下着は持ってたから普通に履いたんだ……!」
最後まで言わせずに工藤は良太の唇をふさいだ。
良太が執拗な口づけに翻弄されているうちに工藤の指が良太の脇腹をさすりながら、パンツを引き下ろして良太の中心で息づくものを掴む。
「………!!!」
まるで工藤を待っていたかのように良太の身体は勝手にビクンと跳ねた。
程よく酒がまわり、敏感になっていた良太の身体は工藤の指の動きに従順に応えはじめる。
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