鬼の夏休み10

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 六時を少し回った頃、工藤と良太は綾小路家の別荘へ車で向かった。
「俺、飲みませんから、帰り、運転します」
「タクシー呼んでもいいんだぞ?」
「大丈夫ですよ」
 半年ぶりで訪れた綾小路の別荘は、夏だからか一層森の緑が深く、ぐるりと囲むレンガ塀に沿って進むとようやく大きな門が見えてくる。
「ったく、何でこんな無駄にバカでかいんだよ」
 前回も言ったような文句を口にしながら、良太が車を降りて門柱のインタフォンを鳴らすと、はい、どちら様でございますか? という慇懃な声が聞こえた。
「工藤と広瀬です」
「少々お待ちくださいませ」
 良太が助手席に戻るうちに門が開いたので、工藤は車を進めた。
 やがて賑やかな声が庭園のあたりから聞こえてきた。
 車寄せに停めて、二人が車から降りると、「工藤様、広瀬様、お待ちいたしておりました」と出迎えた初老の紳士が深々と頭を下げた。
 東京の綾小路家にいる藤原さんは、イギリスに留学して執事の仕事を学んできた本物のバトラーだと、良太は以前、京助の弟の涼から聞いたことがある。
 執事というのが最近ブームになったが、藤原さんのようなホンモノはなかなかいないらしい。
「今日はおせわになります」
「これ皆さんでどうぞ。こちらのお菓子は冷やして召し上がってください」
 良太が二つの紙袋を差し出すと、藤原さんは「お心遣いありがとうございます」と恭しく押し頂いて、後ろに控えていた青年がそれを受け取った。
「公一さん、お久しぶりです。今夜は何か違いますね」
「そうなんすよ、明日のパーティの予行演習?」
 お仕着せに身を包んだ公一は藤原の養子で、京助らと一緒に綾小路家で育った今時の若者だ。
 ちょっと不満げな顔で良太に肩を竦めて見せた。
「お車、駐車場に回しますから、キーをお借りしてよろしいですか?」
 軽口のあと、公一にしては丁寧な言葉で工藤に尋ねた。
「ご案内します」
 工藤が公一にキーを渡すと、藤原は二人をパーティ会場になっている庭園の方へと案内した。
 ざっと四、五十人はいるだろうか、皆ラフな装いだが、大概がセレブと称される人種がほとんどで、年齢層は比較的若めのようだ。
「工藤さん、良太ちゃん、よかったわ、来ていただけて」
 庭園の中心から目ざとく二人を見つけて歩み寄ってきたのは、綾小路小夜子だ。
 綾小路紫紀の妻で、日本橋の老舗呉服問屋大和屋の一人娘である小夜子は、大和屋の広報も担当しており、年頭のイベントを取り仕切ったのは彼女だ。
 ノースリーブのフレアーワンピースはシンプルな紺色だが、小夜子が着ると華やかでゴージャスに見えるから不思議だ。
 ふわりとした可愛らしい雰囲気の女性だが、仕事はきっちりこなすし、なかなか芯はしっかりしている。
 さらに千雪の従姉にあたり、よく似た美女である。
「お忙しいところありがとうございます」
 他の客と話していた紫紀も、小夜子の後ろからやってきた。
「工藤さんも良太ちゃんも、たまにはゆっくり楽しんで行ってください。今夜は肩がこらないパーティですから」
「ありがとうございます」
 工藤は紫紀に対してはいつも丁寧な対応をする。
 紫紀もまた、セレブにありがちな驕ったところもなく、どちらかというと飄々として、つかみどころがない。
 良太は紫紀には何度か会っているが、どうにも読めない。
 それだけ大物ということか、とは思うのだが。
 弟の京助は紫紀とは正反対で、行動にしろ言動にしろ、そのままの人間だからわかりやすい。
 表裏がないのは嫌いではないが、出会いからして横暴そのものだったため、未だに苦手だ。
「ドラマで随分、千雪ちゃんがお世話になったんでしょ? 何とかなったのは良太ちゃんのお陰だって、言ってたわ」
 小夜子はまた苦労のない言葉でにこやかに笑う。
「とんでもないです。こちらこそ、千雪さんのお陰でドラマができるわけですから」
 そこへトレーに飲み物を乗せて、長エプロンをしたバイトらしい女の子がやってきた。
 工藤がトレーのシャンパンを取ると、「ノンアルってありますか?」と良太は聞いた。
「ただ今ご用意いたします」
 ポニーテールの女の子はそのままテントの下に俄かしつらえのカウンターバーへと戻っていった。
 長エプロンをした若い学生風の男女が数名、トレーを掲げて歩き回っていた。
 テントの横には、大きなバーベキューコンロが三台並び、それぞれ手際よく肉や野菜を焼いているのは、京助、弟の涼、それに紫紀の息子大だ。

 


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